弐
辺りに漂う硝煙の匂いと、油の匂い。
そして、鉄錆の匂いに肉の焼ける匂い。
夥しい人の残骸の中に静かに佇む
一つ眼の鬼。
至極穏やかな笑みを浮かべながら、端然と立つ目の前の男に
「アンタの事だぜ、毛利元就。」
と、嬉しそうに囁いた。
「…下らぬ。人の身で完璧など有り得ぬわ。」
名を呼ばれた男は、その端正な顔を嫌悪に歪めて、鬼の言葉を否定する。
「俺がそう思っているだけだ、気にすんな。」
「…。」
的外れな言葉を返す相手に、知らず奥歯が鳴る。それに気付き、心を落ち着かせようと、天を仰ぎ、地を見渡す。
『無駄な事をさせおって…。』
その瞳に映るのは、破壊された重騎とただの肉と果てた両軍の兵達。
「それでこの所業か…。」
まだ、天下取りの足掛かりだと言われた方が納得がいったのに。呆れる程下らない理由で攻められたのだ。
「俺の二つ名、知ってるだろ?」
射殺しそうな視線を受けながらも、鬼は変わらず嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「成る程、血を好むか…。」
再び激昂しそうな自分を抑えて、
「悪鬼めが…。」
言葉に嫌悪と軽蔑を乗せる。
「鬼ならば、討たれて滅ぶのが道理よ。」
「…人なら、鬼に屠り喰われるのが常だ。」
変わらず笑み続ける鬼に、さすがに不愉快になる。
「その減らず口、永久に閉じてやろうぞ!」
「面白れぇ!殺れるものならやってみな!」
鬼の笑みが更に深くなった。
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