陸
「俺はな、毛利…誰かの全てを奪うなら、ソイツの全てを背負わなきゃならねえと思ってる」
元就の頬に手を添えたまま、元親は独り言の様に呟く。
元親が誰の事を言っているのか、元就には安易に想像が付いた。
「でも今回は、ちいとキツかったみてえだな」
それ程、家康が元親にとって掛け替えの無い存在だったのであろう。
心に癒える事の無い傷を負わせる程に。
『だが、立ち直った』
屠った相手が例え親友であろうが、身内であろうが、その人間の全てを背負って生きると云う気概が生まれるのは、己が持つ確固たる信念があるからだ。
だから、現実から逃げずに向かい合える。
しかし…。
『その“信念”が“虚偽”だとしたら?』
現実とは、時に残酷な真実を映し出す。
『この男は、こうして再び立ち直れるのだろうか?』
「…だからな、お前だったら良かったんだ」
余所事に逸れていた思考が、元親の言葉で戻される。
「罪も感じ無ければ、背負う必要も無い、か…」
「迷わず追える」
元就が皮肉を綴る前に、元親が力強い目をして言い切った。
――負わずに追う。
その台詞を聞いて、元就の心に乱れが生じる。
それは苛立ちなのか、絶望なのか、それとも愛おしさなのか…、どう表現したら良いのか解らない、複雑な気持ちであった。
「だから貴様は気に喰わぬ」
そして、色々と思考を巡らせ、漸く出た言葉がそれだった。
「それはお互い様だろ」
元親は、ははっ、と短く笑い元就に口付ける。
「ふっ…んン…」
そして、再び腰を進め始めた。
元就は、その芯の強さと、熱を全身に感じ、程好い快楽に包まれながら、目の前の男が“真実を知った時”を想像して薄く笑った。
終
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