拾遺 | ナノ



「お前だったら…」

手首を押さえていない方の手が、元就の首元に当てられる。

「家康じゃなくて、お前だったら…」

そして、軽く絞めてきた。

「お前だったらよかったんだ!」

元親は、己の中にある全ての負の感情をその一言に込め、元就にぶつける様に憎々しげに叫んだ。

「そしたら、こんな苦しい思いなんてしなかった…」

「……」

発端は、家康が元親の留守中に四国を攻め、壊滅的な痛手を負わせた事である。

だが、元親が最も許せないのは、家康が自分との約束を破り、自国を攻めたと云う事だろう。

“信頼していたのに裏切られた。”

そして、今の元親の姿は怒りに任せた結果である。

そう、怒りと憎しみだけ抱いていれば良い。そうすれば、後悔など生まれはしない。

『そこに“情”などを入れるから煩わしい事になる』

元就の首に当てていた元親の手が、懐に入り込んできた。

「?」

そして、直に胸に触れる。

「…何だ貴様、慰めが欲しいのか?」

元就は、取り敢えず皮肉だと感じる問い掛けを元親に投げた。

「…ああ、そうだな…」

元親は一瞬間を置いたが、すぐに応えを返し元就の衿先を開いていく。

「ふっ、情けを求めるなど、柔な…」

「その気があるなら黙ってろ」

そう言って、元親は元就の言葉を呑み込む様に深く口付けた。

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