参
「お前だったら…」
手首を押さえていない方の手が、元就の首元に当てられる。
「家康じゃなくて、お前だったら…」
そして、軽く絞めてきた。
「お前だったらよかったんだ!」
元親は、己の中にある全ての負の感情をその一言に込め、元就にぶつける様に憎々しげに叫んだ。
「そしたら、こんな苦しい思いなんてしなかった…」
「……」
発端は、家康が元親の留守中に四国を攻め、壊滅的な痛手を負わせた事である。
だが、元親が最も許せないのは、家康が自分との約束を破り、自国を攻めたと云う事だろう。
“信頼していたのに裏切られた。”
そして、今の元親の姿は怒りに任せた結果である。
そう、怒りと憎しみだけ抱いていれば良い。そうすれば、後悔など生まれはしない。
『そこに“情”などを入れるから煩わしい事になる』
元就の首に当てていた元親の手が、懐に入り込んできた。
「?」
そして、直に胸に触れる。
「…何だ貴様、慰めが欲しいのか?」
元就は、取り敢えず皮肉だと感じる問い掛けを元親に投げた。
「…ああ、そうだな…」
元親は一瞬間を置いたが、すぐに応えを返し元就の衿先を開いていく。
「ふっ、情けを求めるなど、柔な…」
「その気があるなら黙ってろ」
そう言って、元親は元就の言葉を呑み込む様に深く口付けた。
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