弐
案内された部屋の入り口で、元就は立ち止まる。
『…何やら澱んでおるな』
理由はよく解らないが、この部屋の前に立った途端、その様な感覚に包まれた。
「アニキ、お連れしました」
元親の部下は、中に居るであろう主に呼び掛ける。
「おう…」
そして返ってきたのは、消え入りそうなか細い声であった。
その声に居た堪れなくなったのか、案内してきた男は足早に去って行った。
取り敢えず室内に入った元就は、先程感じた澱みの理由に気付く。
薄暗い部屋の中、敷かれた寝具には横にならず、壁に背を預け、脚を放り出し無気力に座り込んでいるこの目の前の男が原因である事に。
「…長曾我部?」
元就は男の名を呼ぶ。
「……」
だが返事は無い。
一つ溜め息を吐き、元親に近付いて、しゃがみ込み、手を相手の顔の前にかざす様に持っていく。
『息は…しておるな』
思わず確かめたのは、一瞬、死人かと思う程に憔悴していたからだ。
「臥せっていると云うのは、本当だった様だな」
目線が同じ位置になった事で、元親の表情がよく見える。
瞳は虚ろで何処を見ているのか分からず、覇気などまるで感じなかった。“ただ、生きている”という表現が当て嵌まる、そんな状態であった。
「貴様、今までどれぐらいの者を殺してきた?」
元就の質問にも、元親は何の反応も返さない。
「高々、友を殺したくらいで呆けるとは…甘い鬼も居たものよ」
元就は、そう鼻で笑い、立ち上がった瞬間。
「!ぐっ…!」
手首を掴まれ、そのまま引き倒された。
寝具の上であった為、大して痛さは感じなかったが、背中を打った事で一瞬息が詰まり咳き込んでしまう。
そして、息も整わぬ内に元親が腹の上に跨がってきた。
「貴様…」
元就は咳き込みながらも、無礼な仕打ちをした相手を睨み付ける。
「高々…だと?」
だが、元親も負けずと睨み返してきた。
「…ふん」
元就は、鼻を鳴らして目線を反らす。
元親のその瞳には、怒りによってか、僅かにだが覇気が戻っていた。
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