参
“気持ちが悪い。”
それは、元親を見た瞬間からずっと変わらない症状。
「ここじゃ落ち着けねえなぁ…。」
己の起こした事によって、俄に騒がしくなった陣中で元親が言う。
「話をしに来ただけなんだがよぅ…。」
“しょうがねえ。”
そう言ったかと思うと、元親は元就を抱え上げて、どういう仕掛けになっているのか、乗り物となった碇槍を使いそのまま来た方向へと消えていった。
触れられた途端、元就の気分の悪さが頂点へと達する。
抵抗どころか声を発する事も出来ず、只、意識を繋げる事だけで精一杯であった。
「そんなに怯えなくても大丈夫だぜ…。」
その様子を見た元親が、優しく声を掛けてくる。
そして、元親は呼んだ…。
「松寿。」
元就の幼い頃の名を。
訛りでか、その称呼は独特な物に聞こえる。
刹那、元就の脳裏に過去の出来事が鮮やかに蘇った。
一人の少年の姿が浮かび上がる。
日に照らされると虹色に輝く美しい銀糸に海の色の瞳。透ける様な白い肌、そして、赤い…。
共に過ごした時間は短かったが、とても昵懇な間柄になった少年。
最後の別れの時、父が倒れたので挨拶も出来なかった。
『あの時、倒れたのは父上で…。』
“本当に?”
頭が痛い。
今から思い出そうとしている事を、必死になって拒絶しているみたいだ。
『違う…倒れたのは…、そう…。』
トップへ