弐
『槍?いや…。』
陣幕を切り裂いた物が、ゆっくりとその姿を現す。
それは槍にしては大きく、まるで碇の様な武器だ。
その切っ先には、僅かだが血糊が付着している。おそらく、後衛の見張りに就いていた兵のモノであろう。
「よう、アンタが毛利元就か?」
そして、のんびりとした口調と共に、その碇槍の持ち主が元就の前に現れた。
「!!」
今、陣中には元就しか居ない。まさか総大将自ら、敵陣に単身乗り込んで来るとは思いもよらなかったからだ。
その姿を認めた刹那、元就は一気に心臓が膨れ上がったかの様な動悸に襲われる。
『な…何故…!?』
初めて見る長曾我部元親は、成る程、噂に違わず鬼の様な風体をしていた。だが、その見てくれは予想の範囲内であり、別段驚く程の事もない。
なのに何故か元就は、筆舌に尽くし難い恐怖を感じていた。
只、こうやって対峙しているだけでも酷く苦しくて気持ちが悪い。
「ん?どうした?」
目の前に敵が居るというのに、何の反応も見せず自分を見据えているだけの元就を不思議に思ったのか、元親が元就に向かって手を伸ばしてきた。
触れられると思った瞬間、元就の鼓動は更に速さを増す。
「元就様!」
極度の緊張感に意識を持って行かれそうになった時、己の部下の叫び声が聞こえ、それにより、元就はかろうじて意識を繋いだ。
部下が刀を抜き、突如現れた異形の者に斬りかかる。
「…無粋だな。」
面白くなさそうに元親が言い、元就に伸ばした手を引いて、碇槍を振り上げた。
風音がしたかと思ったら、ぐしゃりという音と共に、元就の部下の頭が砕け散り、辺りが血臭に包まれる。
その一連の出来事を、元就は見ているしか出来なかった。
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