壱
群雄割拠の世。
この乱世の中、中国の雄、毛利元就は、鎬を削る者達を只冷静に眺めていた。
中国十ヶ国を治め、天下にも近いと言われている大大名ではあるが、元就自ら戦を仕掛ける事はない。そもそも、天下自体に興味が無いのだ。
中国が他国が危惧する程の大国と成り果てたのは、単に毛利家の繁栄を妨げる者達を排除していった結果である。
元就は、誰が天下を取ろうが自国にさえ手を出さなければそれで良いと考えていた。
だが、当たり前だが世間がその考えを容認する筈もなく。
「忌々しい…。」
今、こうして戦場へと駆り出されているのである。
静寂たる陣中で、元就は一人呟く。
“四国に、不穏な動き有り。”
突如入って来た情報に、元就は眉を潜めた。
『…四国、長曾我部か…。』
長曾我部と言えば、数ヵ月前に四国を平定したと聞いている。
『死国の鬼…。』
元就は、“鬼”と比喩されている長曾我部の現当主、元親の風貌を思い量った。噂では、その異名に相応しい態(なり)をしているらしい。
“しかし…。”と、元就は思う。
『銀糸で隻眼の若子など、あの時居なかった筈…。』
そう、あの時…。
幼い頃、元就は父に連れられて、一度だけ四国へ訪れた事があった。
その折りに、世話になったのが長曾我部家である。
だが、その様な特異な外見を持った若君など、滞在中に一度も見た事は無かった。
『あの時は、父上が倒れられて大変であったな…。』
元就は、伏せていた目をはたと開き、頭(かぶり)を振る。
『昔の事など、どうでも良い。』
そう、昔世話になったとは言え、今は敵同士。元就が討つべき相手である。
パチリ、と竈木(かまぎ)の弾ける音がした。
「…!?」
微かだが、血の臭いがする。
その血臭がした方向へ元就が振り向くと同時に、背後の陣幕が縦に切り裂かれた。
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