弐
海を臨む小高い丘の上。
吹き上げる風の動きに合わせて、その海と同じ色の瞳を持つ銀髪の男が掲げる白い花が、 踊るように散ってゆく。
「献花か…、」
その後ろから、亜麻色の髪を風に乱されながら狩衣を纏った男が近付いて来る。
「そなたもマメだな。」
少し呆れた様に、そう言葉を掛けてきた。
その言葉に、銀髪の男は、
「残されたモンの務めだろ?」
と、微笑みを浮かべながら穏やかに答える。
「そうか、なら、そなたが死んだら我が花を手向けてやろう。」
「縁起でもねぇな、オイ。」
さらりと不吉な事を言う相手に、苦笑を返しながら、
「俺が死んだら、アンタ泣くぜ?」
と、言葉に多少の期待を織り混ぜてみる。
「我は泣かぬ。」
淡い期待は瞬時に折られた。
「そりゃ、ちと、寂しいねぇ…。」
少し落胆しつつ、また呆れられているのかと相手の顔を窺う。
すると、思いの外真摯な面持ちをしていた。
「……、「そなたが…、」
こちらが問う前に、相手が口を開く。
「この現世から居なくなれば、我の中で共に生きてゆく。」
波の音が静かに響く。
「どんなに下らぬ思い出だろうが、そなたと共有した全てが、我の中で尊いものとなる。」
風が海の香りを運ぶ。
「それだけあれば我は泣かずに済む。」
何でもないような、この一時も、時が経てば美しさを持つのだろうか…?
「思い出に縋るのか?」
銀髪の男の声に、寂しさが混ざる。
過去だけが美しい。
銀髪の男は少し困りながら、それでも笑みを携えて
「じゃあ、まだ当分死ねねーなぁ…。」
と呟いた。
「何故?」
「…だってよぅ…」
徐に腕を取られ、その逞しい胸の中へ閉じ込められる。
「思い出の中の俺じゃあ、こうやってアンタに温もりをやれ無ぇだろ?」
心の臓の規則正しい律動が耳を流れて行く。
「…でも、どうせ何時かは無くしてしまう…。」
今迄もそうだった。
「いくら言葉で繕っても、全てが思い出となる…。」
此れからもそうだろう。
「…ならいっそ、そうなったら」
そんな諦めにも似た想いを…
「一緒に逝くか?」
銀髪の男は打ち砕いた。
「…戯れ言を…。」
『…例え共に逝けたとしても、同じ処には往けぬ…。』
業が深い事は分かっている。
『ならば意地汚くとも生き延びて、思い出に抱かれている方が』
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