十九
今まで会話してきた中で、互いの家族の話題が出てきた事は無い。
「両親は、事故で他界…」
長曾我部が父親と二人暮らしだという事を、今日初めて知った。
それ位に関心の無い事柄である。
「で、兄貴は栄転で、三年前に海外へ行ったきり」
知らない筈なのに…。
眼前に居る男は、元就の家庭の内情を淡々と語っていく。
自分の預かり知らぬ所で、何処まで知られているのか。そう考えるだけで、身震いがした。
「家に帰らなくても、心配する奴は居ないだろ?」
口角を上げてそう言うと、唇を重ねてくる。
「……んっ!」
そして、膣内に指を入れてきた。
「や、ぁ…!」
「嫌じゃないだろ?指入れただけで、すげぇ吸い付いてくるぜ…」
グチュグチュと、湿った音を立てて掻き回す。
そして…。
「あっ…!くっ…うぅん…!」
再び陰茎を埋め込まれた。無論、避妊具は着けられていない。
「あっ…!や、だ…嫌っ…!」
上体をずらして逃げようとするが、両手で腰を掴まれ、動きを止められる。
「……逃がさねぇよ」
低くそう呟き、長曾我部は、容赦無く腰を打ち付けだす。
「うっ…くっ、んン…っ!」
初めの時の様に、強烈な痛みは無かったが、生理的なものなのか、再度涙が浮かんできた。そして、流れる寸前で、また長曾我部が舌で拭う。
『…何…で?』
激しい肉欲をぶつけられながら、元就はある事に気付く。
『何で…!?』
長曾我部に軽く触れられただけでも感じていた、あの総毛立つ程の気持ち悪さが無くなっている事に。
◇◆◇◆◇◆
ふと、何かの気配を感じ、元就は瞼を上げた。
二度目に果てた後からの記憶がない。
『気を失っていたか…』
背中に固い感触があり、仰向けになっている事が分かる。
「……?此処は?」
確か、長曾我部の部屋に居た筈。なら、真っ先に天井が見えるべきだが、目の前には、灰色がかった空間が無限に拡がっているだけであった。
恐ろしく身体が怠い。
先程までの行為が頭を過り、たどたどしく、手を下腹に当てると、見覚えのない袖口が目に入る。
気付かぬ内に、大きめのトレーナーを着用していた。
『これは…』
こうしていても埒が明かないと、元就は鉛の様に重くなった己の四肢に、無理矢理力を込め、強引に起き上がって辺りを見回す。
灰色一色だと思っていたが、よく見れば、薄く霧が立ち込めていた。
「どこかで見たような…」
そう口に出した途端、唐突に思い出す。
「…!夢…?」
元就は、今朝見た夢の中に、再び訪れていた。
暫く茫然としていると、遠くの方から、言い争う様な声が聞こえてくる。
「……何だ?」
元就は、何とか立ち上がり、声がする方へと歩みを進めた。近付くにつれ、声の主が徐々に明らかになる。
そして、その者の表情が、辛うじて読み取れる程度の位置まで来た時、歩みを止めた。
否、正確にはそれ以上進めなかった。何故か、見えない壁の様な物があり、元就の行く手を阻んだのだ。
だが、声の主が誰かは分かる。
一人は、霧の中、更に薄暗い靄を纏ってぼんやりとしているが、輪郭からして長曾我部に間違いない。
そして、表情が読み取れる程、はっきりとした姿を見せているもう片方の人物は…。
勇壮感のある逞しい体躯をしているが、その面差しにはまだ、少年らしいあどけなさも残っている。
そして、腕には三葉葵の紋。
「徳…川?」
元就があの時、長曾我部を使って謀殺した、徳川家康、彼の者であった。
トップへ