十
途端に、部屋全体が薄暗くなった。
元就の後方にある窓は、陽の光が入らぬ様に、黒いカーテンが引かれている。
『情けなし。気配すら読めぬとは…』
幾ら時代が違うからと言って、自身の勘が鈍くなっている事に、元就は少なからず衝撃を受けていた。
負傷した左膝を庇いながら、チラリと、長曾我部へ視線を移す。
長曾我部が背にしている、出入口がある方の磨り硝子が填まった窓越しから、僅かな光が射し込んでいる。電気は勿論点いていない。
淡い逆光を受けたその姿は、今朝見た夢を思い出させた。
「血ぃ出てんな」
そう言い、長曾我部が膝に触れる。
「…!うっ」
瞬間、傷の痛さとは別に、又、言い様の無い嫌悪感が元就を襲う。
まるで泥みたいに濁った感情が、傷口から流れ込んで来るみたいな…。そんな錯覚に陥る。
「だ、大丈夫だから…」
そう言って、相手から身体ごと視線を逸らす。
元就は、一分でも、一秒でも早くこの場から、長曾我部の元から逃げたくて、痛む膝を叱咤し、無理矢理にでも立ち上がろうとした。
「つっ…!」
だが、怪我をしたのが軸足だった為、踏ん張りきれずに、バランスを崩してしまう。
「…え?」
しかし、二度目の衝撃は訪れず、代わりに背筋が怖気立った。
背中に感じるのは、自分以外の体温。次いで、胸の前に回された腕と脇の下にある手の感触。
「無理すんなよ」
そして、先程より近い所から聞こえる声。
元就は、長曾我部に抱き留められていた。
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