九
“真意が何であれ、極力関わらなければ良い”
元就が出した結論はこれである。
その後、呼び止める長曾我部を無視して、元就はさっさと教室へ戻った。
そして、今日最後の授業が担任の教科であった為、終了と共にホームルームへと進み、何時もより帰宅時間が早まったのだが、元就は今、特別教室棟へと続く渡り廊下を歩いている。
担任から、授業で使った教材用の地図を、特別教室棟にある資料室に戻しておいてくれと、鍵と一緒に渡されたからだ。
歩みを進める度、元就の眉間に皺が寄っていく。
『腹立たしい』
そう思うのも、こうなった理由が、担任が長曾我部を捜しに行く、と云うものであったせいだ。
最初は、元就に居場所を聞いてきた。何故自分に聞くのかと、少し向か腹が立ったが、知らない旨を伝えると、“じゃあ、これを頼む”と、押し付けられて、この状況である。
結局あの後、長曾我部は追って来る事もなく、更には、午後の授業にも出て来なかった。
そこで元就は、ふと思う。
『そう言えば、たまに授業中、姿が見えなかった様な気がする』
だが、一々意識して見ていないので、どの授業かまでは覚えていない。
“そんな事よりも…”と、元就は思考を切り替える。
『このまま会わなければ良いのだが…』
そう考えると、自然と歩く速度が上がっていった。
特別教室棟に着き、目的の部屋の扉へ鍵を差し込む。
教室棟と違い、こちらは授業時間外だと本当に静かだ。
鍵が外れる音が、嫌に大きく感じる。
ドアノブを回し、一歩踏み出したその時…。
「!?」
背中に強い衝撃を感じ、身体が宙に浮いた。そして、前のめりに倒れ込む。
咄嗟に持っていた地図と、鍵を投げ捨てて、両手を床に突き、頭を打つ事は免れた。
「あぁ、悪ぃ悪ぃ。そこまで軽いとは思わなかったぜ」
衝撃に続いて、頭上から降ってきた声は、今一番聞きたくない物であった。
「長曾我部…」
元就は、相手の名を呼び、肩越しに見上げる。その顔は、悪怯れた様子は無く、逆に、したり顔にも見て取れた。
なににしろ、良い予感はしない。
閉まり掛けている扉へ駆け寄る為に、急いで立ち上がろうとしたその瞬間、膝に痛みが走る。
「いっ…!」
思わず蹲り、そこを掌で押さえると、少しの湿り気を感じた。
「ん?怪我でもしたか?」
そう言って、長曾我部が屈んだ時。
「あ…」
無情にも、扉の閉まる音が聞こえた。
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