八
その笑顔を見た刹那、脳裏に浮かんだのは、今朝方見た夢のあの言葉であった。
“やっぱり、お前は地獄に連れて行く”
『まさか、本当に…』
アレは元就が作り出した幻想ではなく、今の長曾我部の真意か。
「しっかし、あいつ等が、ああも簡単に信じるとは思わなかったぜ」
『殺しに来たのか?』
「お前、ホント人付き合い悪ィのな」
そう考えると、今迄の長曾我部の行動も、元就に記憶が有るのかを、探っている様にも取れる。
「ちょっと話しただけで、“親しい”ってよ」
『だが…』
そこまで考えて、元就は、一呼吸置く。
『此奴にあの時代の記憶が有るなら、この様な形で我に近付くだろうか?』
そう、自分は相手にとって、嫌悪の塊の様な存在だ。何故、恋人同士だと云う方向に持っていこうとするのか、それが解せない。
「おい、聞いてんのか?」
自分の喋りに対して、相槌すら打たない元就に痺れを切らしたらしく、長曾我部は少し不貞腐れた顔をして問い掛けてきた。
「…聞いている」
その顔を一瞥し、元就は素っ気なく応える。今は長曾我部の真意が解らず、正直、会話どころではなかった。
膝の上に置いている弁当へ箸を付けながら、自然と長曾我部が触れた箇所は避けつつ、元就は思考を巡らす。
だが、もしあの夢が、今の長曾我部の本心だとしたら、何故この様な回りくどい事をするのか。
『…有無を言わせず、連れて行けば良いものを…』
少なくとも、元就が相手の立場ならそうする。
『記憶が有れば、殺すつもりで、だから探りを入れている…のか?』
直ぐに行動に移さない理由を、そう推し量ってみても、所詮は夢の中での出来事であり、確信もなければ、確証もない。
只、その夢で、長曾我部は“連れて行く”と言ったのだ。
そう、“連れて行く”と…。
それは、即ち、元就に“付いて来る”という事だ。
『その時、不自然にならない様にとの理由付けか?』
確かに恋人同士であれば、赤の他人同士よりは、不自然さは薄い。
「どうした?早く喰わねぇと、昼休み終わっちまうぞ」
元就の煩いを余所に、長曾我部は紙パックのコーヒーを啜っている。
『道連れにするつもりなら、の話だが…』
幾ら考えたところで、相変わらず憶測の域からは出ないが、その憶測も間違っているとは言い切れない。
かと言って、自ら寿命を縮める事になるのかも知れないので、此方から探りを入れるのも戸惑われる。
『…煩わしい』
幾ら考えても、只、堂々巡りになるだけだ。と、元就は心の奥底に今迄の疑念を、仕舞い込んだ。
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