七
それから、滞りなく授業は進んでいくが、元就の頭の中は未だに、どうすれば誤解が解けるかという事で一杯であった。
そうこう悩んでいる内に、気が付けば、もう昼休みである。
長曾我部が、当たり前の様に元就を昼食に誘い、断る間も与えず、強引に屋上まで連れて行く。
屋上の扉を開けると、生温い風が二人を扇いだ。
「良い天気だな」
空は快晴で、日差しはキツいが、物陰に入れば、それなりに涼しくて心地好い。
だが、昼食を摂る場所としては適していないのか、自分達以外には誰もおらず、喧騒は階下から聞こえるのみであった。
元就は、伸びをしている長曾我部を尻目に、先程まで掴まれていた手首を軽く撫でる。
屋上に着くまで、ずっと手首を掴まれていたせいで、少し赤くなっていた。
『何故、こんなにも不快に感じるのか…』
確かに、長曾我部の姿を見るだけでも不快感は有る。だが、触れられた時に感じる不快感は、それとは種類が違う様に思った。
上手く説明は出来ないが、長曾我部を通じて、自分の中に何か異物が入り込んで来る様な…。
「どうした?座れよ」
そうごちゃごちゃと纏まらない考察を巡らせていたが、長曾我部の声にそれを遮られた。
仕方なく、向かい側に腰を下ろす。
「可愛い弁当だな、そんな量で足りんの?」
「……」
そう話し掛けてきて、徐に元就の弁当に手を伸ばし、卵焼きを一つ摘まみ取る。
「お前ん家の卵焼き、味付け甘いのな。俺は、しょっぱい方が好きだけど」
「……」
「でも、夏は弁当持ってくるより、学食の方が良くね?」
「…何故、こんな事をする」
自分を無視して、捲し立てている相手を一睨みし、元就はずっと気になっていた疑問をぶつけた。
それを聞いて、長曾我部は少し間を置き、笑顔を見せてこう言った。
「…単に、前から付き合いたいって思ってただけだけど?」
『嘘だ』
即座にそう思う。
そして、相変わらず嫌な笑みだ、とも…。
元就に向ける長曾我部の笑顔は、どれも目が笑っていなかった。
もし、本気で付き合いたいと、自分に対して少しでも好意を持っていると云うのなら、こんな笑顔にはならない筈だ。
「わ…たしは、お前みたいな男は嫌いだ」
絞り出す様に、か細い声で、今も昔も変わらない己の本心を告げる。
「だから?」
応えを返す長曾我部の声は冷静だ。動揺など全く無い。と、云う事は、やはり元就に好意を持ってはいないのだろう。
「だから…」
だから、嘘は止めにして、皆の誤解を解いて欲しい、そう言おうとしたのだが。
「もう、俺らが付き合ってるってのは、事実なんだぜ?」
長曾我部の言葉に引き込められた。
「お前がどんなに嫌がってもな」
そう言って長曾我部は顔を綻ばす。
元就へ向けるその笑顔に、初めて感情が乗った。
それは、とても嬉しそうであり、そして、その目には若干の悪意が込められていた。
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