六
それから、何時も通り身仕度をし、何時もの通学路を歩く。だが、その足取りは、酷く重い。
昨日の出来事を考えれば、学校には行きたくないというのが本音である。
しかし、長曾我部との関係を誤解されたまま、放っておく訳にもいかない。
恋愛感情など、勿論持っても無いし、言うなれば、嫌悪感の方が強い相手だ。
兎に角、学校に着いたら、何とか誤解を解こうと、そう思っていた。
しかし、元就のその思惑は徒労に終わる。
教室に着いて直ぐ、数人の男子生徒に、“昨日は、邪魔してゴメンね”と、詫びを入れられた。
そして、続いたのが、“折角、元就からモーション掛けてきたのに。って、チカに怒られたよ”という、元就にとって、聞き捨てならない台詞であった。
自分の与り知らない所で、自らが長曾我部にキスを仕掛けた事になっている。
「違っ…!」
狼狽しつつも、長曾我部が吐いた嘘を否定しようとするが、“付き合ってるなんて知らなかった”“でも、毛利さん、チカとはよく喋ってて、仲良かったし”と、矢継ぎ早に言われ、弁明出来ない。
『仲が良い?あの程度で?』
よく喋ると言っても、事務的な話以外はした事も無いし、プライベートの話など皆無である。
元就が幾ら否定の言葉を並べようとも、全て“照れからくるモノ”として片付けられた。
そして、当の長曾我部はというと。
「オイオイ、あんまり苛めてやるなよ、困ってんだろ?」
そう言って、自分の席から立ち上がり、愉しそうに口角を上げ、元就に近付いて来る。
嫌な笑みだと思い、元就は、眉根を寄せ、軽く相手を睨み付けた。
しかし、長曾我部はそれを無視して、元就の肩を抱く。
「…っ!?」
触れられた瞬間、元就の全身に悪寒が走り、一瞬で身体が強張った。
「ん?どうした?」
心配しているかの様なその眼差しも、声色も、元就には不快にしか感じない。
『…気持ちが悪い』
嫌悪感…だろうか?
元就は、長曾我部が触れている部分から、どす黒く濁った物が、ジワジワと染み込んでくる様な、そんな錯覚に陥った。
『目眩がする…』
視界が回りだし、徐々に歪んでいく。
もう、立っているのも限界かと思った時、突如、始業を告げる鐘の音が鳴り響いた。
それに反応して、長曾我部が手を離す。
その瞬間、元就の身体から、不快感が消えた。
「また、後でな」
そう言い、長曾我部は自分の席へと戻る。
二人を囲んでいた男子生徒達も、各々の席へと戻って行く。
結局、誤解は解けず、分かった事と言えば、自分が如何に、他人と交わっていないかという事実だけであった。
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