五
家に帰り着き、玄関の鍵を閉め、自室に入った所で、一気に緊張感が解ける。
直後に酷い疲労感を覚え、着替えるのもそこそこに、元就は、ベッドへと倒れ込んだ。
◇◆◇◆◇◆
己の呼吸する音しか聞こえない様な、静かな空間の中で、元就は、知らぬ間に閉じていた瞼を上げる。
すると視界に飛び込んできたのは、果てなど無いかと思う程に広い、灰色の世界。
此処は何処だろうかと、逡巡し、一つ瞬いた次の瞬間、目の前に何者かが現れた。
それは、大柄な男の姿。
「長曾我部…」
見覚えのある、その男の名を呟く。
だが、元就は、眼前の男に違和感を覚えた。
原因を探る為、よくよく見てみると、長曾我部は、今の姿ではなく、あの時代の戦装束を身に着けていた。
『ああ、これは夢か…』
そう思い、目の前の男を見据える。
身体全体が、また闇色に覆われており、表情は分からない。だが、何故か口元だけは、はっきりと見て取れた。
暫く眺めていると、その口元がゆっくりと動きだし、言葉を綴りだす。
“やっぱり、お前は…”
その言葉を最後まで聞いた瞬間、元就は目を見開いた。
すると、見えたのは、自室の天井。いつの間にか、現実に引き戻されていた様だ。
早鐘の様に鼓動が鳴っている。額に手をやると、汗でぐっしょりと濡れていた。
煩わし気に、袖で汗を拭いながら、先程の夢を思い返す。
あの男は、確か…。
“やっぱり、お前は地獄に連れて行く”
そう言っていた。
『“やっぱり”…?どういう事だ?』
おかしな話である。
あの時、長曾我部は、全ての咎を勝手に背負って、勝手に逝った。元就に故意に引導を渡させ、自己完結をして果てた筈だ。それを今更になって、あんな事を…。
『我自身が、自責の念に駆られていた…のか?』
だから、あの様な夢を見た…。そう考えたが、直ぐに否定する。
『否。あれは、最良の選択であった』
そう今でも信じているし、後悔などした事もない。
ならば、何故?と、考えたが、答えが出る訳でもなく、薄暗い部屋の中に浮かぶ、ぼんやりとした緑色の光へと目を向ける。
すると、もうそろそろ、起きなくてはならない時間を示していた。
「考えたところで、詮方無い…」
そう呟き、元就は、昨日去り際に感じた長曾我部への畏怖の念が、形になって出てきた物だと結論付けて、纏まらない思考を、無理矢理遮断した。
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