裏黒 | ナノ



家に帰り着き、玄関の鍵を閉め、自室に入った所で、一気に緊張感が解ける。

直後に酷い疲労感を覚え、着替えるのもそこそこに、元就は、ベッドへと倒れ込んだ。


◇◆◇◆◇◆


己の呼吸する音しか聞こえない様な、静かな空間の中で、元就は、知らぬ間に閉じていた瞼を上げる。

すると視界に飛び込んできたのは、果てなど無いかと思う程に広い、灰色の世界。

此処は何処だろうかと、逡巡し、一つ瞬いた次の瞬間、目の前に何者かが現れた。

それは、大柄な男の姿。

「長曾我部…」

見覚えのある、その男の名を呟く。

だが、元就は、眼前の男に違和感を覚えた。

原因を探る為、よくよく見てみると、長曾我部は、今の姿ではなく、あの時代の戦装束を身に着けていた。

『ああ、これは夢か…』

そう思い、目の前の男を見据える。

身体全体が、また闇色に覆われており、表情は分からない。だが、何故か口元だけは、はっきりと見て取れた。

暫く眺めていると、その口元がゆっくりと動きだし、言葉を綴りだす。

“やっぱり、お前は…”

その言葉を最後まで聞いた瞬間、元就は目を見開いた。

すると、見えたのは、自室の天井。いつの間にか、現実に引き戻されていた様だ。

早鐘の様に鼓動が鳴っている。額に手をやると、汗でぐっしょりと濡れていた。

煩わし気に、袖で汗を拭いながら、先程の夢を思い返す。

あの男は、確か…。

“やっぱり、お前は地獄に連れて行く”

そう言っていた。

『“やっぱり”…?どういう事だ?』

おかしな話である。

あの時、長曾我部は、全ての咎を勝手に背負って、勝手に逝った。元就に故意に引導を渡させ、自己完結をして果てた筈だ。それを今更になって、あんな事を…。

『我自身が、自責の念に駆られていた…のか?』

だから、あの様な夢を見た…。そう考えたが、直ぐに否定する。

『否。あれは、最良の選択であった』

そう今でも信じているし、後悔などした事もない。

ならば、何故?と、考えたが、答えが出る訳でもなく、薄暗い部屋の中に浮かぶ、ぼんやりとした緑色の光へと目を向ける。

すると、もうそろそろ、起きなくてはならない時間を示していた。

「考えたところで、詮方無い…」

そう呟き、元就は、昨日去り際に感じた長曾我部への畏怖の念が、形になって出てきた物だと結論付けて、纏まらない思考を、無理矢理遮断した。

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