三
余り喜ばしくはない再会から時は過ぎ、季節は新緑の時期を迎えようとしている。
衣替えも済み、少し汗ばみながら、元就は何時もの通い慣れた通学路を歩いて行く。
あれから長曾我部とは、何度か話す機会があった。――と、言っても事務的な会話だが。――別段元就の事を意識している風には見受けられなかった。
『おそらく、あの時代の記憶が無いのだろう』
そうでなければ、あんなに嫌っていた相手である自分に近付く筈もない。と、元就は考えを定め、最近やっと落ち着いてきた。
何と言っても、己の事を“殺してやる”と言った相手である。ここ数ヵ月の間、元就は余り心証の良くない相手が居るという事で、気の休まる時が無かった。
『我も、とんだ臆病者よ…』
そう考え事をしながら、校門をくぐると、何故か自分が注目されている…。そんな違和感に襲われた。
「?」
チラリと視線を這わせ周りを窺うと、やはり見られている様だ。しかも数人の女子からは、何故か嫉妬を孕んだ言葉を投げられている。尤も、元就に辛うじて聞き取れる程の小さな呟きだが…。
しかし、身に覚えの無い事を言われて元就は若干戸惑う。
『何の事だ…?』
要領を得ないまま、教室に着き、引き戸を開けると、やはり何時もより視線を感じた。
自分が気付かない内に何かしたのかと考えたが、それを教えてくれる友人もいなければ、クラスメイトに尋ねられる気軽さも元就は持ち合わせてはいない。
結局、今日一日悶々としたまま、放課後まで過ごす事となった。
そして、帰ろうかという時に、教材を運ぶのを手伝ってくれと担任に頼まれ、承諾したは良いが、思いの外時間が掛かってしまい、教室に鞄を取りに戻る頃には、空に夕闇が迫っていた。
教室に入ろうと、出入口に一歩踏み入れた所で、元就の歩みが止まる。
視線の先に、銀色の髪が、風に靡いて柔らかく揺れている風景が映ったからだ。
『長曾我部…』
何時も誰かしらと連れ立っている男が、何故か今日に限って一人教室に残り居眠りをしている。
ただ、居眠りをしているだけであれば、気にする事でもないのだが、そこに元就にとって無視出来ない状況が生じていた。
それは、長曾我部が座っている席である。
『何故、我の席に…』
少々不快に思いながらも、窓側で一番後ろの席だからか、と納得し、長曾我部を起こさない様にと、忍び足で近付いて、そろりと机の横に掛けている鞄へと手を伸ばす。
するとその途端、手首を掴まれ、凄い力で引っ張られた。
「!」
いきなり足元が不安定になり、元就はバランスを崩す。転ぶと思い、強く両目を瞑ったが、予想した衝撃は訪れず、代わりに、何か柔らかく温かい感触を唇に受けた。
恐々と、瞼を上げる。
その瞳に映ったのは、先程見た銀糸だ。
『銀髪…?否…睫毛?』
突然過ぎる出来事だったので、一瞬、元就には自分の身に何が起こったのか分からなかった。
思考が追い付かず、呆然としている内に、長曾我部の舌が唇を割って侵入してくる。
「なっ…!やめ…」
そこで元就は、漸く自分が長曾我部に口付けをされていると気付いた。
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