裏黒 | ナノ



その一撃は、払う為のものであった。

怒り、悲しみ、後悔、衝撃。人独りでは抱えきれない激情を爆発させ、感情のままに斬り込んで来る…。

“殺してやる!”

と、血反吐を吐くような叫び声を上げながら…。

そんな愚かな一撃を、凪いだ刃で払うつもりで振り切った。

「!?」

だが、柄から伝わってきたのは、無機質な物では無く、肉に食い込む生々しい触感。

予期していなかった感触に驚いて、相手を見遣ると、獲物である碇槍を床に刺し、斬られた腹部から血と臓腑を溢れさせていた。

激昂に我を忘れた振りをして、わざと己を斬らせたのだ。

「…分かってる、誰が一番悪いのか」

そう寂しそうに呟いて、男は張り詰めた糸が切れた様に崩れ落ちる。

「…最期まで虫の好かぬ奴よ、長曾我部元親」

絶命したであろう相手に元就は、努めて冷徹に言い放った。





◇◆◇◆◇◆





瞼の裏に光を感じる。

「……」

元就が目を開けると同時に、アラーム音が響き渡った。

『夢など…』

反射的に音を止めたが、思考は現に戻る寸前まで見ていた夢に支配されていた。

『久しく見なかったものを…』

正確には“あの当時の夢”である。

あの当時…。

群雄割拠の世、血で血を洗う様な混沌の時代。元就は大国を治める武将であった。

大国の総大将である故、屠った者は数多に上る。今見た夢は、その中の一人長曾我部元親のものであった。

『気分の悪い…』

毛嫌いしていた男を、夢とは言え思い出し、元就は眉根を寄せる。

ベッドから抜けて、壁に立て掛けられている姿鏡を見遣り、そして今の自分を確認する。

『そうだ、もうあの時代は関係無い…』

今生の元就は女性として生を受けていた。

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