六
幼い頃から何不自由無く育てられ、甘やかされてきた。
恵まれていたが、その分、日々が退屈でもあった。
何故なら、心の底から、真に欲しいものが無かったからだ。
女の様な格好をしていたのも、そうしていれば誰も自分には跡継ぎとしての期待は持たないだろうと、思ったからである。
しかし、周りの大人達は、さすがに元服を迎えるかと云う歳になってもその様な立ち振舞いをしているのは問題だと、慌て始めた。
何を今更。と正直そう思ったが、敢えて流される振りをして、流していた。
廃嫡の噂が出始めた頃に現れたのが、当時大内家の家臣であった毛利興元と“弟”の松寿丸である。
◇◆◇◆◇◆◇◆
抜ける様な青い空。四方を壁に囲まれて、唯一の出入口である門は、その重厚な造りに見合う様に固く閉ざされていた。
「そん時見せた顔がなぁ、酷く哀しそうな笑顔でな…」
此処は、山に住む神々を祀る為、海の上に造られた社の一角。
今、弥三郎は元親と名を変え、長曾我部家の当主となっている。
四国平定後、秘宝を求めて、安芸、厳島に来ていた。
そして、対峙しているのは毛利家の当主、元就である。
閉ざされた空間には、二人だけ。
「…我には関係の無い話だ」
対峙した途端、昔話を始めた元親に対し、元就は眉根を寄せて冷たく言い捨てた。
「何で当主なんかやってんだ?なあ…」
だが、構わず元親は言葉を続ける。
「松寿丸さま」
その名を口にした刹那、元親の眼前に閃光が走った。
元就が手にしていた輪刀で切り付けてきたのである。
紙一重でそれを躱す。
「危ねえなぁ…感情的になるなよ」
「貴様の無益な話を断ち切ったまでよ。我は貴様など知らぬ」
確かに、元親はあの時とは別人と言っていい程の変貌を遂げていた。
長かった髪を切り、船に乗るようになってから青白かった肌は日に焼け健康的な色に変わり、身体つきも逞しくなった。言葉遣いも粗野なものになり、声も男のもの、そのものになっていた。
只、変わらないのは、深い海の色を思わす蒼い瞳。
「つれない事言うなよ」
その瞳を細めて、元親は元就を見る。
「知らぬ者を知らぬと言っておるだけだ」
「相変わらず頑なだな…、一体俺の知らない間に、何があったんだ?」
「……」
元親の問い掛けに、元就は答えない。
あの日、あの酷く哀しそうな笑顔を見た瞬間、元親は“欲しい”と思ったのだ、松寿丸の事を。
“本当の笑顔が見たい”
あんな哀しい笑顔ではなく、幸せそうな笑顔を。その一心で、愛おしい者を手に入れる為に、それ相応の力を身に付け此処まで来た。
それなのに、奪う筈の“女”が何故か隣国の当主に就いている。その過程に何があったのか、気にならない方がおかしい。
「…まあ、良いや」
ジャラッ、と元親の碇槍の鎖が鳴る。そして、その切っ先を元就に向け…。
「聞くって決めたからな」
そう言って、不敵に微笑んだ。
終
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