四
淀んだ空気を入れ換える為に、少しだけ開けた窓から新鮮で突き刺す様な風が入り込んでくる。
寒さに身を震わせて、元就が目を開いた。元親の膝から頭を離し、ゆっくりと起き上がって、辺りを見渡す。
互いに目が合った。
「…何時も思うが、貴様、欲を吐かせ終われば我など放っておいて、さっさと帰れば良かろう」
自分に掛けられていた元親のコートを弄りながら、元就は俯き加減にそう呟く。
そう、何時も元親は、事が終われば元就の身体を丁寧に拭き、着衣も整えて、そして、目を覚ますまで側に付いていた。
「お前もいい加減、“脅されて無理矢理犯られてる”って、誰かに訴えろよ」
そうすれば、それこそ日頃の行いの差で、元親が百パーセント悪人になる。
二人が互いに促した行動は、相手を“嫌いである事”が前提だ。
「…帰るか」
流れた沈黙を打ち消す様に、元親はそう言って立ち上がり教室を出て行く。
元就の手を引きながら。
その、自分の手より小さくて柔らかな感触を感じながら、元親は思う…。
“元就は自分の事が好きなのだろう”と。
勿論、自惚れではなく、確信していた。
抱かれるのが嫌ならば、元親の呼び出しに応じなければ良いだけだ。初めから弱味など握られてはいない。元親は元就の自慰を見ただけである。それを証明する物など何もないのだ。
そして、何度か抱いて、その内の何回かは避妊具を着けずに元就の中へと吐き出した。普通の感覚ならば、耐えられるとは思えない。
それでも、元就は元親の呼び出しに必ず応じる。
それに…。
外に出ると陽は疾うに落ちており、空は鈍色に染まっていた。
元親は、己の出す白い息をぼんやりと眺め、雪でも降りそうだとコートの襟元を立てて、ふと、隣に居る元就を見た。
「…何だ?」
視線に気付き、元就が訝しげに此方を見てくる。
「…上等なモン着けてるな」
と、元就の首に巻かれている綾織物を顎で指した。
「カシミアか?」
「…多分、な」
「そうか…」
元就が自慰行為をしていた時に、頭の下に敷いていたのはこのヘリンボーン柄のマフラーであった。
あの日、元親が探していた物だ。
『何で好かれてるのか、理由が解らねぇ』
だがそれは、自分も同じかと、元親は自嘲した。
「何が可笑しい?」
「いや…」
一層の事、想いを告げてしまえば良いのかも知れない。
しかし、元親の中では何故か、元就と想いを通わせてはいけないという漠然とした考えが付き纏っていた。
『だってよう、アイツらに悪いじゃねぇか…』
だから、想いは通わなくても、一緒に居られる理由を作ろうと、避妊具無しで元就を抱いているのだ。
そこまで考えて元親は、ふと、我に返った。
「“アイツら”って誰だ?」
思わず口に出てしまい、又元就が訝しげな視線を向けてくる。
だが、それに構う余裕は元親には無い。
何かを思い出しそうだ。しかし、心の何処かでソレを拒否している。
「おい、長曾我部」
急に早足になった元親に、元就は抗議の声を上げるが、速度を緩める気配はない。
「全く…何だと言うのだ」
元就はそう言い、呆れの溜め息を吐くがそのまま元親に付いて行く。
結局、最後まで二人の手が離れる事は無かった。
終
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