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2014/03/15



今更遅いって話




冬の海岸沿いなんて寒いに決まってて、じゃりじゃりと音をたてる砂浜が気持ち悪い。
勝手に冷たくなっていく身体が、これまた勝手に震える。
そんな俺を見て小堀は自分のマフラーを差し出すから、ぱちん、とその手を引っ叩いてやった。
「いらない」
「でも、寒いだろ」
「平気だから」
「森山は唯でさえ体温低いんだし、ほら」
無理矢理首に巻かれるマフラー越しに小堀を見やれば満足そうな顔。腹立つ。
ふざけんなよと吐き捨てた言葉は小堀には向かわず砂浜に埋まる。小堀は笑っていた。
「こんなところ、男二人で歩くなんて滑稽だ」
空と同じ色をした海は、ざぶんと波打つ度に曇ったそれといっこになってしまいそうだ。
世界は灰色だ。少なくとも、今の俺たちの目の前は、全部ぜんぶ灰を被ってる。
「それでも見たかったんだよ。この海も、暫く見れなくなるし」
「いつでも見れるだろ。いつでも帰って来れる距離だ」
「……そうだな」
小堀は東京の大学に進学が決まっていた。
四月にはあの狭いごちゃごちゃした街で一人で暮らすそうだ。
俺は近場の大学に進む、笠松と同じ大学だ。
小堀だけが違う。
「もう引っ越しの準備出来たのか」
「ああ、大体な」
「いつだっけ」
「来週の火曜日。見送り来てくれるか?」
「行かない」
「だよな」
俺は目はずっと灰色に奪われたままで、小堀の姿を映さない。
きっと小堀は俺を見ているのだろう。
きっと、笑っている。
それは想像しただけの姿なのに、途端に息をするのが辛くなる。
マフラーをぎゅう、と掴んだら、胸がずくりと疼いた。
今日はずっと、心臓が落ち着かなかった。
あの日にとても似ているから。
「もう、帰ろうぜ」
「……ああ」
頷いて、ゆっくりと踵を返す小堀の後ろ姿。
その広い背中に縋って、もう後ちょっとしか着ない制服を皺くちゃにしたくなる。
どうしてそう思うのか、なんて。俺は理解したくなくて目を閉じる。
「森山?」
小堀の声が聞こえる。
足音が近づいてくる。
瞳は開けない。開いちゃ駄目だ。
だって酷いことをしたのは俺だ。
「森山」
声と同時に、前髪を撫で付ける、優しい感覚。
小堀の、指だ。
そう認識した瞬間、見つめてしまった。
小堀は、笑っていた。
ひゅ、と息を吸い込んで、吐き出せなくなる。
分からない。
どうして優しくするんだ。
なんで、笑うんだよ。
楽しいことなんてひとつもないじゃないか。
お前にとって良いことなんて、ひとつもなかったのに。
なぁ笑うなよ、俺が惨めみたいじゃないか。
何ひとつ言葉にならない。
小堀はとびきり優しい顔をして笑う。
やめろ、なあ、やめてくれよ。
「ありがとうな、森山」

俺、あの日にお前のこと振ったのに。

「小堀、」

俺はまだ、さよならを口に出来ない。

マリンスノウは泣かない
(思い出になってしまったの)



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