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2014/03/15



新開だから許される。




私と新開くんの距離は、横で表すより縦にしたほうがずっと分かりやすい。
彼はずっとずっと上のほうに胡座を掻いて座ってる。
みんな彼に近付きたくて必死で彼のところに行こうとよじ登るけど、彼は涼しい顔して頑張って登る人達のことなんてちっとも見ない。
私はそれをずうっと下からじっと眺めている。
その他大勢に埋れながら、登る勇気もないままにせめて彼の姿を心臓の奥に焼き付けるように見つめてる。
そんな距離だ。

「はやくしないと化学遅れちゃうよー?」
「ごめん!先に行っててー!」
移動教室ってどうしてこうも面倒なのだろう。
鞄の底に沈んでしまった教科書を見つけるのに手間取って、私は教室を最後に出ることになってしまった。
3階にある3年の教室から1階の化学室まではちょっと遠くて、小走りで廊下を駆けていると反対側から誰かが歩いてくるのに気づいた。
(ぎゃ!し、新開、くん)
思わず心の中で叫び声をあげてしまった。
赤茶色の髪の毛を揺らしながらのんびりと両手をスラックスのポケットに突っ込み、ぼんやりとした瞳で歩いているのは、学園で1、2を争う人気者だ。
私は親しいどころかクラスも違って、時々共通の友達を交えて話すくらいで、正直顔を覚えてもらっているかも分からない。
(まあ私のほうは意識しまくりでそれこそバレないように目で追ってるんですけど……)
新開くんの前では廊下を走るなんて慌ただしいところ見せたくなくて、何よりこの貴重な時間を終わらせたくなくて歩幅を狭めてゆっくり歩く。
もう遅刻とかどうでもいい、今は彼を目に焼き付ける方が大事だ。
(ラッキーだ。普段は人に囲まれててあんまり新開くん見れないし、授業前だし廊下に人いない……)
そこまで考えて、ふと新開くんは授業大丈夫なのだろうかと心配になる。
(サボるつもりなのかな?でも新開くんいつもぼんやりしてるから授業始まっちゃうの気付いてないのかも)
それなら声をかけたほうがいいのかないやでも私から声かけたことなんてないしどうしようでも新開くん授業遅れたら困るだろうし。
頭の中でぐるぐると考え込んでどうしようって悩んでるうちに彼をすれ違う間近まで来てしまった。
どうしよう、思い切って言ってみようか、うん、別に変なこと言うわけじゃないし、大丈夫、大丈夫。
なけなしの勇気を振り絞ってそう決意して口を開けようとした瞬間、肩に何か熱くて大きな感触がして、視界が横にブレた。
(……え!?)
と思った瞬間にコツリと私のこめかみに彼の額が当たっていて、耳元で彼の唇が動いた。

「放課後待ってる」

私がその言葉を理解する前に、彼はすっと流れるように私の肩を引き寄せていた手を離すとまたなんでもない風に廊下を歩いて去って行ってしまった。
(え?え?……え?)
私は呆然とその場に立ち尽くし、さっき鼓膜を震わした彼の言葉を脳内で繰り返す。
(放課後……?放課後待ってるって、え、えと、それ、は、どういう意味、あ、あれ、はい??)
自分の身体中が溶けそうなほど熱くて、私はその場に座り込みそうなのを必死で耐えていた。
どこで待ってるとか、何で待ってるのかとか、彼は一切教えてくれなかった。
ただ待ってるとだけ押し付けて去ってしまった嵐のような彼を、私はきっと今日、いつまでも探し続けてしまう気がした。

夕暮れに染まった学校は何ともノルスタジーで、思わず物思いにふけってしまいたいけど、残念ながらこっちは夕日よりも赤い顔をしてるだろうし、結局彼がどこで待っているのか分からず、彼のクラスを覗きに行こうとしてギクシャクと足を必死で動かしている最中なのだ。
とてもじゃないが今は他のことを考えられないし、思考がぐちゃぐちゃで、もう、どうしたらいいか分からない。
何とか彼の教室の前に辿り着いても、このドア一枚向こうに新開くんがいるかもしれないと思うと胸が潰れそうで、深呼吸を何度も繰り返す。
(これで新開がいなかったらそれはそれでヘコむんだろうな私……てかただの連絡事項とかだったら泣ける……)
まだここが待ち合わせ場所なのかも分からないのに思考はネガティブに染まりつつある。
とりあえず中に入ろう、じゃなきゃ始まらないのだ。
行くしか、ないんだから。
ガラリ、音を立てて教室へと踏み込んだ。
「……新開、くん?」
「や、来てくれたんだな」
信じられない気持ちだった。
彼は机に腰かけて、足の間で両手を祈るように握りながら、そこにいた。
「ほ、ほんとにいた……」
「ははっ、何だよそれ」
待ってるって言っただろと笑う新開くんは間違いなく本物で、私はこれが夢なんではないかとこっそり自分の腕を抓って痛みで泣きそうになっていた。
「わりぃな、いきなり呼んだりして」
「えっ!いや、そんな、別に……」
動揺しすぎてうまく話せない私を見つめる新開くんの目はいつも通りさらりの涼やかなのに、なんだか神妙そうな顔をしていて私は違和感を覚える。
「新開くんどうしたの?」
「ん?」
「なんだか、いつもの新開くんと違うような……」
「あー、んーー……そうだな、いつもとは、ちょっとちげぇな」
新開くんは一度目を閉じてぎゅっと拳を握ると、決意したように立ち上がって私の目の前へと来た。
ずっと、見上げていた姿。
でも、こんなに近い距離で彼を見上げることが出来るなんて、今まで考えたこともなかった。
彼がそのすらりと長い背を少し丸めて話しかける。
「これからさ、一世一代の賭けすんだ、俺」
「賭け……?」
「ああ、聞いてくれるか?」
彼のあの涼やかな瞳にちらりと炎が灯ったようで、私は自然と首を縦に振っていた。
新開くんは緩く弧を描いていた口元を引き締めて、背筋を伸ばして、小さく息を吐いた。
瞬間、手首に熱くて大きな感触が伝わる。
(あれ、これって、)
デジャヴを感じるのと共に私の視界は今度は揺れずに、一面深い青色に染まった。
それが彼の瞳だということを理解したのは、私の唇に重ねられた彼のそれが一瞬とも永遠とも言えるような間を置いてゆっくりと離れたときだった。
「…………っ」
声が出なかった。
今、何を……。
新開くんはふっと力が抜けたように微笑んだ。
「すまねぇ、身体が先に動いちまった」
「へ……」
「なんでだろな、おめさんとはほとんど話したことないのに、何か気になっちまってよ」
今更になって照れたように頭を掻きながらそう言ってくるもんだから、私はとうとう堪らなくなって叫んだ。
「そ、そんなのこっちの台詞だよ!!!!!」
「わっ!」
「もうずっと、ずっと新開くんのこと見てたのに、気付かれないようにずっと……な、なのに、いきなり、こんなことされたら、分けわかんないよ!!」
「……おめさんそんな大きな声出るんだな」
新開くんはぽかんと口を開けて、そしてぐっと堪えるように笑い出した。
「は、はは、なんだ、お互い様か」
「な……何が?」
「俺ら似たもの同士ってことさ」
彼が目を細めてじいっと私を見るものだから、なんだから嬉しさと恥ずかしさがごちゃまぜになって、私はとうとうその場に蹲った。
「もーー……何なのよう……わかんないよう……」
「じゃあおめさんが分かりやすく言葉にするさ」
彼は丸まった私を包むように抱き締めて、またもや耳元で囁くのだ。
「好きだ、ずっとおめさんのこと見てた」



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