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2014/03/15



荒新の日記念で急いで書いたもの。




つるりと滑らかなそこを指でなぞれば、途端にパッと人工的に煌めいて、新着メールも着信もないまっさらな待ち受け画面を無情に映し出した。
一瞬にして用の無くなったスマートフォンを無造作にポケットに突っ込み、同時に押し出されたように吐いた息は白く濁っていて、悴んだ指を暖めてくれるはずもない。
燃えたような赤を徐々に染めていく群青の中にちらりと光った星が、俺を笑ったような気がした。
夕暮れというのは人を酷く感傷的にさせる。
そう分かっているのに、胸にドロリとくすんだ感情を持て余して、俺は膝を抱える指に力を込めた。

氷のような瞳をした男だと、最初思った。
寿一の拾いものは珍しくない。
どこかしら才能をくすぶらせている奴を連れ込んできて、開花させるのが好きな奴だったから。
だから今回の男も、ああ寿一の好きそうな奴だと思った。
ただその瞳がひやりと首筋をなぞるようで、変な奴だと思った。
それだけだった。
予想外だったのは、男は寿一が拾ってきた奴の中でもとびきり成長の早い奴だった。
才能もあるんだろうけど、とにかく根性が凄まじかった。
努力というか意地というか、その男は短期間でレギュラーをも脅かす存在となった。
尽八もこれには目を見張ってほう、と顎をさすっていたのを覚えている。
正直、ここまで伸びるとは思っていなかった。
ポカンを口を開けて呆けている俺を彼はフン、と鼻で笑い「今に追いつくから見てろよ」とでも言うように荒々しくペダルを漕いだ。
そこにあの冷たく流れるものを感じて、俺は戸惑いつつも口の端が上がるのを止められなかった。
俺はそれから彼を靖友と呼び、彼もまた漸く俺の名前を覚えた。
尽八も親しく彼に接したし、いつの間にか俺たちはよく行動を共にするようになった。
口の悪さには定評があるが、悪い奴ではなかった。
むしろ困っている人を放っておけない奴で、雨の日に捨て猫を拾ってきてしまうヤンキーというテンプレートなことをしてくれた日には、おかしくて尽八と一緒に腹を抱えて笑った。
彼の隣りは楽だ。気を使う必要のない場所だ。
少なくとも俺はそう思っていた。
たが、彼は違うらしく俺のことが気に入らないのかいつも名前で呼ぶと眉を顰めてあの氷のような瞳を向けるのだ。
それは俺達が三年に上がっても、IHを終えても、決して変わらなかった。
その冷たさだけが、俺は苦手だった。

2月のこの時期はあとは卒業を残すのみとなり、俺は暇を持て余し尽八の部屋へと転がり込んでいた。
何気ない雑談の中で、尽八がふとこう漏らした。
「荒北とは結局三年を共に過ごしたが、あいつは時々何を考えているのか分からんかったな」
「俺もよくそう言われるよ」
ポテトチップスを頬張りつつそう応えると尽八はそうでもないぞと頬についた食べカスを親指で拭ってくれた。
「隼人は淡々としているようでその実結構感情的で優しい奴だ、分かりにくいとは思わんよ」
「そうか?」
「ああ。だが荒北は単純そうで、いや実際単純なのだろうが、時々感情が見えなくなるときがあるな」
「そうだな・・・・・・あいつたまにすごい冷てぇ目するもんな」
そう頷くと尽八はひとつ瞬きをして、いや、と応えた。
「あいつの目を冷たいなどと思ったことはないな」
ふむ、と尽八はその艶やかな髪をさらりと後ろに流して俺を見つめた。
「隼人、俺が荒北をわからないと思うのはな――」

自転車部の部室も、ウサ吉のいるウサギ小屋も、卒業したらもう足を踏み入れることはないだろう。
そう思うと急に自分の居場所がどこにもなくなってしまってような気がして、寮の隣にある小さな倉庫の裏で丸くなっている俺は自分でも滑稽で少し笑える。
そりゃそうだ。星だって、俺を笑っていた。
でも唇はうまく曲線を描けないまま、ぎゅっと閉じている。
尽八の言葉がずっと頭の中を蠢き回っている。
それを知ってしまったとき、同時に俺はこの胸にくすんだこの感情の正体を知ってしまう気がした。
もうずっと気づかなかったのに、気づかない、フリをしていたのに。
「おい、」
もうあと一ヶ月もしないうちにこの学園から去ってしまうのに、
「お前こんなところにいたのかよ」
もう隣りを歩くこともないのに、
「探しちまったじゃねェか」
俺はいけない答えを出してしまうんじゃないかって。
「・・・・・・靖友」
「もう外真っ暗なんだけどォ?こんなとこで何してるワケ?」
連絡なんてしなかったし、向こうからだってなかった。
なのに彼はまるで当然とでもいうように俺をこうもあっさりと見つけてしまう。
責めるような言葉で俺を刺す彼は、よっこらせとしゃがみ込んで俺と視線を合わせた。
「何?どっか痛ェの?」
「ち、がう」
覗き込む瞳はあの冷たさで、俺の背筋をなぞる。
思わず身が竦むけど、そのやけに細長い手のひらが俺の頭をぐしゃりと撫でて、思考が止まる。
「またくだらねぇことでうじうじ悩んでたらブン殴るぞ」
吐き出される言葉があんまりにも優しくて、俺はずっと封じてたはずの台詞を、舌に乗せてしまっていた。
「靖友は、」
「ア?」
「俺のこと、どう思ってんだ・・・・・・?」
(隼人、俺が荒北を分からないと思うのはな、お前を見つめているときなんだよ。お前のことを見ているときだけ、いつものあいつが鳴りを潜めるのだ。)
頭を駆け巡っていた尽八の言葉がぐちゃり、潰れた音がした。
静まり返った世界の中で靖友の目に映る冷たさだけが、小刻みに揺れて俺を見つめていた。
「やすとも」
口から落とした音は思ったよりも脆くて、すとんと地面に落ちて砕ける。
声になりきれなかったそれの残骸を拾うように、靖友はやっと固まったままの顔を動かして眉間に皺を寄せた。
「おい新開、そりゃあどういう意味だ?」
今日初めて呼ばれた名前に、ぎくりと身体が強ばる。
どういう意味、決まっているだろう。
きっと靖友は理解しているくせに。分かっていて聞くなんて質が悪い。
俺を辱めておちょくるつもりなのだろうか。
真意が分からずそっと彼の表情を盗み見て、今度は俺が動きを止めてしまった。
暗闇でも分かるほど、彼の首筋は赤く染まりきっていた。
さっき見た夕暮れよりも、もっと濃く。
誤魔化すように反らされた顔が見えなくてもどんな表情をしてるのか分かって、何故だか俺は泣きそうだった。
なぁ、もしお前がこんな場所にいた俺を探してくれた理由が、俺の胸をくすませたこの感情と同じだとしたら。
もし、あの氷のように冷たい瞳の正体が、俺の考えた答えと合っていれば。
「俺は、」
今度は、ちゃんと声になっているだろうか、震える喉を必死で動かす。
伝えなければと思った。
もう終わってしまうからこそ、この学園を去る前に、どうしても。
「俺は、靖友のことが、」
ありきたりな台詞を口にしようとした瞬間、彼の指が食い込むほどに強く、肩を掴まれる。
引き寄せられる瞬間、離さないで欲しいと願ってしまった。
その瞳に、吸い込まれてしまいたかった。

青く燃ゆる
(涼やかに冷たい色を放って燃えるそれが、なによりも熱いことを、俺は身を焦がすことで知った。)



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