note



2014/03/15



女体化注意




「笠松はヘタレなの」
二人並んで腰掛けるベッドの上、正面を向いて笠松を見ないまま発した言葉に彼が返したのは「はあ?」という呆れた問いかけだった。
その反応に私は疑問を確信に変えて頷く。
「やっぱり、うん、そうとしか思えない」
「おい、勝手に納得すんな」
お前はいつも突拍子もないなとため息つく彼。
その手にあるスポーツ雑誌、転がるバッシュ、私と彼の間にある、僅かではない空間。
どこを見渡しても、そこに流れる空気は甘さの欠片もない。
部活帰りの汗の匂いと、友人のような気軽さが漂ってる。
とてもじゃないが今、私達は恋人同士に見えない。
「実際はそうなのにな」
「だから、なんなんだよ」
未だに理解を示さない彼に、はぐらかすのをやめて簡潔に問いかける。
「笠松は私のこと好き?」
「は、」
「だって、こんなに近くにいるのにキスのひとつもない」
「な、おま、」
「なあ笠松。今日ほど絶好のチャンスだなんて日ないんじゃないか。彼女と部屋に二人きり、親は深夜まで帰って来ない、オマケに明日の部活は休みだ」
「……何が言いたい」
「ここまで言ってまだ察しないのか。本当にヘタレか」
鋭く私を睨む目は怖くない。
事実、笠松は動かないのだ。
だからいつだって、触れるのは私のほう。
「逃げるなよ」
そう釘を刺して、笠松の側に寄る。
腕を絡ませて、頭を肩に乗せる。
今なら、恋人に見えるだろうか。
「……嫌?」
「そうじゃない、が」
「何が駄目なの」
笠松は逃げるように俯いてしまった。
追いかけて覗き込むと、ぐっと何かを堪えたような瞳はどこか臆病で、おかしい。
だって、普通ならそんな目をするのは私の方なのに。
「怖いの?」
「怖いに決まってるだろ」
「どうして」
怖いのは、笠松の中の私は、女の子になれないから?
このラインを越えたら、戻れないから?
私は笠松と違って逃げないから、ちゃんと言ってよ。でないと、
「森山、泣きそうな顔すんな」
するり、かさついた武骨な手のひらが頬を滑る。
「笠松、」
「違う。多分、お前が思ってることは全部違う。お前が悪いわけじゃない」
笠松は俯かせてた顔を上げて、小さく呟いた。
「壊れそうじゃねえか」
「え?」
「お前のこと、壊しちまいそうだ」
予想していなかった彼の心情に狼狽えていると彼は頭を掻きつつだから、と続ける。
「こんな細い身体して、すこし力入れたら折れそうだろが。自分からベタベタと触れるくせに俺から触ったら大げさに震えるし。なんか、怖いんだよ」
流れ込んでくる言葉をうまく飲み込めなくて、瞬きを繰り返す。
だって、いつも私のこと手加減なしに引っ叩いて、女どころか友人とさえ思っていないのかと思うほど容赦のない笠松が、そんな台詞を吐くなんて。
「……ふふ、」
「可笑しいかよ」
「だって、笠松らしくないんだもん、あはは、」
笑いが止まらない私をうるせぇ、と笠松が小突く。
その手のひらさえ優しくて、ますます顔が緩んでしまう。
「壊れるとか、そんな筈ないじゃん。これでもレギュラーだよ、私」
「……海常のレギュラーであるお前と、俺の恋人であるお前は違うだろ」
真っ直ぐそう放つ笠松に、思わず息が止まる。
彼の言葉だけは、いつも私を揺さぶる。
ねえ、私のこと恋人だって言ってくれるんだね。
大事に思ってくれてるんだ。
それが分かれば、もう充分だった。
だから、深呼吸をして笠松を見つめる。
「ねえ、笠松」
仕方ないから、私から逃げ道を塞いであげるよ。
「抱いて」
初めてちゃんと口にした言葉に笠松は身体を強張らせる。
「私が、そういう対象に見えないならいい。けど、そうじゃないなら。少しでも欲情するなら、」
続きは音にならなかった。
笠松があんまりにも強く私を掻き抱くから。
小さく聞こえたごめんは、きっとここまで言わせてごめんって意味。
そっと抱きしめ返すとそのまま身体が後ろへ傾く。
「ふふ、」
「お前……どうしてここで笑うんだよ」
「だって、嬉しい」
素直にそう口にすれば分かりやすく染まる彼の頬。
「あは、可愛い」
「馬鹿か、そりゃお前のほうだろ」
私の頬が同じように染まるのと同時に、彼の唇に私のそれも攫われた。

愛の形を待っている。
(全部欲しいよ、貴方だから)



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -