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2014/03/15



女体化注意




「真波、お前は何度言ったら学習するんだ?どこかへ行く際は俺に一言声をかけろと言っておいただろうに」
「えへへ、すみません……」
真波は眉を下げてへらりと口元を緩めながら着ている真っ黒なカーディガンの裾を引っ張って伸ばしている。
そういう上着類を一切買っていなくいつもYシャツ姿の真波が寒そうだったので俺のお下がりをくれてやったのだ。
サイズが合わず少しぶかぶかなそれを真波は気に入っていつも着ていた。
そのカーディガンに反するように灰色のプリーツスカートは短く太腿の上で揺れていて、彼女が今時の女子高生であることを際立てていた。
キャスター付きの丸椅子に座りプラプラと足を真波の向かいにしゃがみ込み、彼女を見上げる。
普段とは逆になった目線に真波は東堂さんの旋毛がみえるやと言って笑みを溢した。
「今日はどこへ行って来たんだ?」
なるたけ優しい声でそう聴けば、うーんと真波は指を顎に添えて思案しだす。
「えっと、教室から外を眺めてたらすごい天気が良くて、絶好の日向ぼっこ日和だって思ったんです。それで、たまに登るお気に入りの山があるんですけど、そこの頂上に行ったらもっと気持ち良いだろうなー、今日は部活お休みだし行ってみよう!って思ったら身体がわくわくしちゃって、気付いたら自転車に跨ってて……あ!東堂さんも今度行きませんか?景色も綺麗で、素敵な場所で」
「真波」
制するようにそう呼べば、途端にきらきらと瞬いていた瞳を悲しそうに細めて、彼女は俯いた。
「……ごめんなさい」
話題を必死で逸らそうとした真波の気持ちは分からなくもない。
何度俺が忠告しても真波はフラフラとどこかへ出かけて、長時間戻らないことが多かった。
自由を愛する娘は、誰にも囚われずに気ままに羽を伸ばす。
俺も彼女を縛るつもりはなかったし、彼女の望むところへ連れてってやりたいと思っていた。
ただ、見えないところへ何も言わずに行ってしまうのはこちらも不安になる。
何処へ行くのかだけでも知っておきたいのだ。彼女は真っ直ぐに自分の欲求に素直だ。
だから、危うい。
「山を降りて帰ってくる途中、急に脇から子供が飛び出してきて……あっ、子供は避けられたから無事だったんですけど、そのときにちょっと転んじゃって……」
俯いたままの彼女の目に映っているのは多分、血に塗れた膝小僧だろう。
元々小さな怪我を携えて帰ってくることは多かったが、今回のは一歩間違えれば大事になっていただろう。
脱脂綿に消毒液をかけ、そっと擦り傷に当てれば真波が少し息を詰まらせた。
「染みるだろうが我慢しろ」
「っ、はい」
応える真波の声が震えているのは、きっと傷のせいではない。
先程ケロッとした顔で保健室に入ってきたのだから、このくらいの怪我は慣れっこなのだろう。
彼女が痛かったのは、そこに偶然保健委員の当番をしていた俺がいたことだ。
「ごめんなさい」
真波はもう一度小さな声で謝り、不安げな目で俺を見つめていた。
ガーゼをあてがいテープで止めて処置を終えると俺はふう、と一息ついて立ち上がった。
「今回のことで理解しただろうが、お前には危機感が足りない。もう少し注意するように」
「はい……」
カーディガンの下に隠した手をきつく握って、真波は耐えるように頷く。
俺は救急箱を元あった位置に置き、彼女の前に戻るとそのしょぼくれた頭を撫でた。
「真波、どうして俺がこうもお前に忠告するか分かるか?」
「……女の子、だから」
そう応えると真波は不服そうに唇を尖らせた。
真波は女だからといって手加減されたり気遣われるのを嫌う。
それ故あまり自分が女であることを見せない。
化粧などまるで知らないすっぴんも、無造作に束ねられたポニーテールも、それを現している。
真波が欲しがるのはいつだって本気の勝負だ、そこに性別はいらない。
だからこそ俺の再三の忠告を無視して飛び出し、こうして怪我を作って帰ってきてしまった。
けれど今日保健室に入ってきた真波の驚いた瞳を見て、俺は何となく察してしまった。
真波はきっと、揺れているのであろう。
女として見られたくない気持ちと、女である自分の感情に。
真波が嬉々として俺のカーディガンを着ている理由が分からないほど、俺も鈍くない。
「お前は少し勘違いしているな」
彼女の手を引いて立ち上がらせる。
少し下にある真波の顎を指で掬い、そのぽかんとあいた唇に口付ける。
真波の大きな瞳がより一層大きくなるのが見えた。
「どこへ行くのも自由だが次からは俺に連絡を入れろ、分かったな」
解放し、だらりと力の抜けたその身体を支える。
「お前は女の子だ、だがそれ以上に」
固まっている彼女の頬を撫でて、ふっと微笑んだ。
「この東堂尽八の彼女なのだからな」
どうにか彼女が返せたのは真っ赤な顔で首を縦に振ることだけであった。



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