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2014/03/15



笠→←黄前提笠←森。暗い話として書いてはいませんが悲恋なので注意。
けじめの話。




森山由孝が夏を嫌う理由は3つある。
一つは身を焦がすような暑さに目眩を覚えるから。
もう一つはずっと背中を追いかけてきた笠松幸男という男が惨めに膝をつく姿をただ見つめることしか許されなかったあの日を思い出すから。
最後の一つは、きらきらと零れるような日差しが蜂蜜の彼に酷く似ているから。

体育館の床へと身体を横たわせれば、冷んやりと優しく俺を迎え入れた。
けれどもそれは一瞬にして俺の熱を吸い込み生温くなってしまう。
気持ち悪い、と瞼を閉じようとすればゴツリと頭を何かで小突かれ、視線をのろのろと上げれば笠松が水分補給しろと青いラベルに身を包んだペットボトルをぐりぐりと額に押し付けてきた。
ん、と返事をしてそれを受け取ってもまだ笠松は険しい顔でそこから動こうとしない。
仕方なく起き上がり、蓋を開け口つけ、中身を喉へと流し込む。
それを見届けて漸く笠松は満足し俺へと背を向けて歩き出した。
まったく心配性な奴だ。
そんな風に誰にでも優しくしてたら、勘違いしてしまうぞと忠告しても、きっと彼は首を傾げるだけであろう。
ちらりと横目で笠松を見れば、この背中の向こうににじっと俺を射抜くような蜂蜜色がふたつ、こちらを見ていた。
ほら、こんな風に。

黄瀬に始めて会ったときのことはよく覚えている。
チャラくて軽くていけすかない。
そんな雰囲気をわざと醸し出しているような奴だと思った。
無論、そんな彼に笠松が飛び蹴りを喰らわしたことも、はっきりと覚えている。
それを見てこいつは笠松と合いそうだと思った。
それは予感というよりも、確信めいていた。
春のことだった。

黄瀬の軽やかに跳ねるような声が、笠松へと吸い込まれていく。
体育館の扉前の階段に二人で腰掛けて、微かな風に吹かれている。
木陰で涼んでいた俺は、何かの罰のようにそれを見ていた。
笠松の手のひらが、黄瀬の頭へとふわりと重なる。
そのままぐしゃりと柔らかい金色を掻き乱して、笠松は子供っぽく笑った。
黄瀬はそれを見つめてぽかん、と口を開けたかと思うと、途端にその目をぱちりと瞬きさせて顔を林檎のように染め上げた。
それは多分、泣きたくなるような瞬間だった。
実際は涙なんてひとつも出なかったし、微笑ましいなと笑ってすらみせたけど。
本当は、泣きたかったんだと思う。
太陽がじりじりと俺の肌を焦がした。
汗が顎を伝い、Tシャツへと染み込むのを眺めながら、俺は夏は嫌いだと呟いた。
言葉は地面に当たって砕け落ちた。
何も残ってはいなかった。
夏の始めのことだった。

どうしたんだ、という声は、振り返らなくても分かるほど、凛とした音色。
笠松と口にすればあんまり煮詰めんなよと肩を叩かれた。
何を、と言われる前に手に何か重みを感じた。
見れば、フルーツ牛乳のパックがちょこんと手の上に居座っていた。
笠松、もう一度呼ぼうとしたら彼は俺に背を向け歩きだし、ひらりと手の小さく振っていた。
一週間前のことだった。

夢を、見た。
俺は花だった。
俺はずっと、干からびていると思っていた。
からからに渇いて、たった一滴の雫も与えられずに枯れてしまうのだと。
けれど干からびるどころか俺には溢れかえるほどの水が注がれていた。
その冷たさが気持ち良くて、俺はそこに根を張ってしまった。
動くことを止めてしまった。
雨に打たれたまま、太陽の日差しなど忘れて浸っていた。それがゆっくりと萎れていくことに気付かずに。
いつの間にか土砂降りのような雨の中を走り抜ける奴がいた。
ぼたぼたと黄色を撒き散らしながら甘い滴を振り切って、一心にただ、一点を目指して。
何事かと振り向けばそれは強く眩しく光っていて、彼はそこへ一目散に駆けていった。
嗚呼、俺が求めていたのはここじゃなくて、あそこだったんだな。
気付いたときにはもう、俺は溺れていた。
俺は魚になっていた。
三日前のことだった。

気付いてしまった。
結局俺はこの身体をすべて溶かすような暑さも、あの涙という涙を吸い付くしたコートも、目一杯輝いて蜂蜜色を振りまく彼のことも、嫌いにはなれないのだと。
だから夏を嫌った。
そうすることしか出来なかった。
我ながら笑ってしまうような、幼稚な悪足掻きだ。
親友というのは、随分と便利な逃げ道だ。
居心地の良い、幸せな、逃げ道だ。
そこに飲み込まれ、忘れてしまえれば、きっと良かったのに。
あの後輩は全部めちゃくちゃにしていくなぁと、八つ当たりとひとつ、零して。
けど、いい加減波に振り回されるのにも疲れたし、もうこの海を泳ぎきる力もない。
降参だ、俺は漸く両手を上げた。
止めようじゃないか。
もう彼が時々こちらを振り返って、不安そうな瞳を向けなくていいように。
そう決めた。
昨日のことだった。

「笠松、」
生温くなった床から立ち上がり声をかける。
いつもと同じように。
「森山、もう休憩終わるぞ」
「おう、その前にさ、ケジメつけさせてくれねぇ」
ケジメ?と不思議そうに俺を見つめる笠松に水底から見る景色も、なかなか良かったよと告げれば、意味が分からないと眉間に皺を寄せる笠松。その後ろで瞳を揺らめかせる黄瀬に、ふっと笑みが零れる。
なあ、これは本心なんだよ黄瀬。あの海はどんなに深くても、滲んでいても、彼がはっきり見えたから。
そして、蜂蜜色も。

けれども俺のこの想いは俺だけのものだ。
他の誰にも、笠松にだって見せてはやらない。
だから、最後の悪足掻きをしてやろう。
俺はぐるりと笠松の隣りへと回って、彼の肩を抱いた。
目を見開く黄瀬と笠松の顔が瓜二つで、俺は可笑しくてたまらない気持ちも必死に抑えて、俺は黄瀬に向かって目を細める。
そして愉快に笠松、と唇を開いた。

「お前、黄瀬のこと好きだろ」

そうして、俺は自らこの恋を手折ったのだ。

真夏0時の水死体



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