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2014/03/15



海常3年生が2年時のIH後の海常の過去捏造。




IHの後、平常でいることは難しかった。
焦る手元、無情なボールの行く先、ブザーの音、光を無くした先輩らの瞳が、何度も閉じた瞼の裏に蘇った。
魘される夜は数えたら限がない。
監督から主将の話を持ちかけられ、ケジメをつけようと決意する反面、逃げることもできないのかと思った。
許されない俺は、強さを自分を守る盾のように欲していた。
焦っていたんだ、とても。

バチンッと、音が響いた。
その音に臆したのは森山で、小堀で、俺だった。
俺は今、何をした。
じくじくと痺れる右手を見つめる。
赤く染まった森山の手が、だらりと力なく垂れた。
「っ、あ、」
頭が真っ白だ。
なんで、どうしてだ。
くらくらと血が上った脳みそで思い出す。
そうだ、いつものように体育館で一人練習をしてるところに森山と小堀が来たんだ。
森山はいつものように、よう、またやってるのかと笑った。
普段と変わらない音色で、軽いままの口調で。
いつもならそれに普通に返事をして終わるだけなのに。
なのに今日は、できなかった。
その姿に嘲笑われているような気がした。
涼やかな瞳で、俺を、見下してるのか。
ずっと、馬鹿にされていたのだろうか。
そう思ったら、肩に置かれた手を、思い切り叩いていた。
はやく笑うなり俺を殴るなりしてくれ、そう思って顔を上げれば、
泣きそうな、森山と目が合った。
息が詰まって、視界が真っ暗になる。
なんて、なんてことを、
崩れ落ちそうになる身体を必死に保っていると、小堀に腕を引かれた。
「笠松、ちょっと」
「こ、ぼり」
「いいから、こっち来い」
いつになく鋭い彼の言葉に、身体が怯む。
体育館を出る小堀に逆らえず、大人しく後をついて行く。
呆然と立ち尽くす、森山を一人置いて。

体育館の外は光に溢れてるのに、嫌に静かだ。
前を歩いていた小堀は、日陰に来たところで振り返り、俺を睨んだ。
「なあ笠松、いつまで落ち込んでるつもりだ」
「…………」
「……次の主将、お前だろ」
「なっ、」
「監督から主将の話されたんだろ、分かるさ、お前の顔見てたら」
小堀は人の感情を読み取るのに長けていた。
きっと俺が逆立っていたことにも気づいていて、それに触れてほしくないことも、気づいていた。
「それでもさ、森山が辛くないわけないだろ」
声のトーンが低くなり、鈍く俺に突き刺さる。
弾いた手の熱さを思い出して、身震いする。
「普通に接することがどれだけ優しいことなのか、笠松は分からないのか」
分からない、はずがない。
不器用な彼の最大の優しさだったんだ、あれは。
変わらない瞳で、ずっと見守っていてくれた。
森山も、小堀も。
そんなことにすら気づけなかった自分が恥ずかしい。
小堀の言葉ひとつひとつが正しくて、重い。
「っごめ」
「謝る相手は俺じゃないよ」
小堀はそれまで曝け出していた刺々しい雰囲気を捨てて、苦笑してみせた。
「たださ、もう過去を振り返るのはお終いにしようぜ」
「……小堀」
「いつまで後ろ向いてんだよ、もう、立ち上がらないと駄目だろ。一人で立てないなら、俺や森山が引っ張るからさ」
そう言って、小堀はいつもの優しい笑みを浮かべる。
差し出された手が、酷く眩しく見えた。
頷いて、その手を取れば、謝りに行こうと小堀は俺の手を引いた。
温かい、手のひらだった。


悔しい、悔しい。
彼の気持ちを救えない、支えてやることすら、できなかった。
優しい言葉は、きっと笠松をさらに抉る。
それを言うのが俺なら、尚更だ。
だから、せめて普段通りのままでいようと思った。
変わらずに、彼の帰ってくる場所を作って待っていようと。
そう思っていた。
けどそれが、逆に笠松の感情に暗い色を落としていたなんて。
浅はかだった。
もっと、他にするべきことがあったんじゃないか。
別の方法があったのではないか。
後悔は雫となって零れていく。
「っ、くそ、……ぅ、」
腹立たしくて仕方なかった。
自分の無力が憎い。
「も(り)やまさん……?」
ハッとして顔を上げれば、心配そうな表情を浮かべた後輩がそこにいた。
「早川……」
「どうしたんすか、なんで、泣いて(る)んすか、泣かされたんですか、オ(レ)、そいつ殴(り)ますよ!」
焦ったように早口で捲し立てる早川に、首を振って応える。
「違う、ごめん。俺が勝手に泣いたんだ」
「じゃあどうして、」
「悔しくて、自分が弱いのが情けなくて、泣いてた」
早川が言葉をつまらせ、立ち尽くす。
ああ、ごめんな。後輩にもそんな顔させて、本当に駄目だな。
「笠松を、支えられない自分が、嫌なんだ」
また視界が滲む。格好悪いと思っても、感情の波を今は止められそうにない。
せめて顔を見られないように俯いた。
ふいに、目尻に何かが触れた。視界が鮮明になっていく。
「早川?」
「決めました」
ガサツな指が、不器用に涙を拭っていく。
「オ(レ)、強くなって(レ)ギュ(ラ)ーにな(り)ます。そして、絶対に試合に勝ちます。そした(ら)キャプテンも、も(り)やまさんも、もう傷つかなくていいんすよね」
あまりにも真っ直ぐな瞳でそう告げられて、涙も引っ込んだ。
誰も、傷つけない強さ。
そうだ、泣いてる暇があるなら、強くなる努力をするべきだ。
後輩に教えられるなんてのが、不覚だけども。
「……早川」
「はい!」
「お前だけ強くなってどうすんだよ、俺らも強くなるさ」
「な(ら)、一緒に強くな(り)ましょう!!うおー燃えてきた!」
「うるさい」
「酷いっす!!」
さっきまで泣いてたのにとぶくつさ言う早川の額を小突いて、やっと笑えた。
その時、森山、と聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
「体育館に居ないと思ったら……探したぞ」
「小堀さん!キャプテン!ウッス!」
「早川もいたんだな」
「小堀……笠松」
小堀の一歩後ろで、笠松は眉間に皺を寄せたまま、じっと俺を見つめた。
「泣いたのか」
聞かれて、嘘もつけないから頷く。
笠松は息を大きく吸って吐くと、今度はよりハッキリとその瞳に、俺を捕えた。
「森山、悪かった」
ゆっくり、笠松はそう口にした。
「謝って済むことじゃないのは分かってる。お前の気持ちを踏みにじったこと、詫びきれるもんじゃねえ」
「…………」
「けど、償わせてほしい。お前らが待っていてくれた、その礼を返させてほしい。どんなことでもいい、なにか」
「許さない」
「もりや、」
「次のIH、勝たなきゃ許さない」
「っ、森山」
「俺が望んでるのはそれだけだよ、笠松」
そう言えば、強張っていた笠松の顔が、ようやく柔らかくなった。
「そうだよな、小堀」
「ああ、こればっかりは森山に賛成だな」
「こればっかりってなんだよ」
「オ(レ)も賛成っす!」
「……馬鹿だな、お前ら」
笠松が笑う。ああ、これでいつも通りだ。
おどけてみせる俺も、俺を叱る笠松も、それを見て呆れる小堀も、笑う早川も。
良かった。そう思ったらまた泣けてしまいそうだったけど、今はもう泣かない。
次に泣くのは、優勝した時だ。
だから今は笑っていよう。
振り返れば、きっと笑え返してくれるから。

守りたいんだ、この居場所と、こいつらの笑顔を。
そう深く胸に刻んで、前を向いた。
怖くはないさ。
きっと皆、同じように思ってくれてるだろ。

スカイブルー・プロミス
(絆より、深く繋がっていられる気がした)



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