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2014/03/15



この二人は×じゃなくて+の関係が似合う。




「あれ、伊月くんだっけか」
「――、」
人というのはあまりに驚くと声すら出ないのだと痛感する。
涼しい顔をしたのその人とは裏腹に、俺はあんぐりと口を開けたまま固まっていた。
その人は今日絶対に会うはずのない人で、ここは俺のことを伊月なんて呼ぶ人はいないはず。
ありえない。ありえないはずなのに、彼は目の前でおーい、大丈夫かなんて声をかけてくる。
辛うじて、ゆっくりその人の名を口にする。
「森山、さん」
出会うはずがない。だって今日俺がいる場所は、母が親しくしている華道の師範の御宅なのだから。

母親たちのいる客間を抜け出して、縁側に二人して腰かける。
いつもなら海常の制服かユニフォームに身を包む彼は、うぐいす色に染まる着物を着こなしている。
自分の着る紺色の生地を撫でると、似合っているねと声をかけられた。
「森山さんこそ、良く似合っています」
「そうか?ま、小さな頃から着てるからしっくりきてくれなきゃ困るけど」
表情を変えずに淡々と述べる彼に、そういえばこうやって話をするのは初めてだと気付く。
他校といえどバスケ部であるし、キセキの世代を抱えるもの同士、話をしてみたいとは思っていた。
けど、出来ればこういう形では出会いたくなかった。
「しかし驚いた。伊月くんも華道やってたとは」
「……華道だけじゃないですよ。茶道も、書道も、一通りやってます」
「同じだ。俺、実は華道より茶道のほうが好きなんだ」
俯いていた顔を上げると、彼は悪戯っぽく笑った。
初めて見るそれに、思わず俺もです、と返したらやっぱりとまた笑った。
「お互い、苦労するな」
森山さんは母親たちがいるであろう客間を一瞥する。
「そうですね」
「でも嫌いじゃないんだよな、こういうの」
ふっ、と彼の瞳が柔らかくなる。
確かに、俺もなんだかんだ続けているのは自分の意思で、好きだと思えるからだ。
一番はやはりバスケなのだけれど、こういうのも悪くない。
「誠凛の、バスケ部の奴らは、これ知ってるの?」
「いえ、教えてません」
「稽古のときとか練習抜けるだろ。どうしてるんだ?」
「部活は休みません。その代り部活がないときは稽古に専念するって母親と約束したんです」
「ふぅん」
日向たちには、話せなかった。
華道をやっていようが茶道をやっていようが俺は俺だし、バスケだって手を抜いたことはない。
なのに、バスケをやっている間はそのことを口にしたくない。
どうしてかと問われれば、それは自分でも分からないのだけれど。
「まあ、言いたくないよな」
「森山さんもですか?」
「うん、だってさ」
森山さんがふわり、笑う。

「誰かに知られるの、嫌だよな」

ぴたり、鼓動が止まった気がした。
咄嗟に何も返せずにいると、森山さんが振り返って首をもたげる。
俺は瞬きを繰り返して、なんとかその言葉を咀嚼する。
――嗚呼、なんだ。
(知られたく、無かった)
漸く意図が繋がって、理解する。そうか、俺は嫌だったんだ。
俺はアイツらの中で「バスケとダジャレをこよなく愛する、PGの、ただの男子高校生」で居たかったんだ。
こんな風に家に従って、まるで別人のような自分を彼らが見たら、そう考えるだけで怖かった。
だから無意識のうちに隠していたんだ。
「まあ、きっと何が変わるってわけでもないけどな」
ハッとして森山さんも見ると、彼はにこりと微笑んだ。
「俺はもうとっくに笠松たちにバレてるし」
「え、」
嫌じゃないんですか。そう続けようとした言葉は遮られる。
「けど変わらない。アイツらの中での俺はレギュラーでSGの、女の子が大好きな、ただの森山由孝だよ」
だから、きっとお前らのところも、何も心配はいらないんだよ。
「そう、でしょうか」
「そうだよ」
森山さんの言葉が、ひとつひとつ溶けていく。
何故か彼の吐く音は分かりやすく胸に染みていく。同じ境遇、だからなのだろうか。
気づけば、口元には笑みが浮かんでいた。
「そうだと、いいなぁ」
心は、いつの間にか穏やかだった。
ああ、きっと明日には笑って話せる。そんな気がする。
そう思うと自然と唇が弧を描いた。
「伊月くんやっと笑った」
「……笑ってませんでした?」
「うん、形だけの笑顔ならしてたけど、ちゃんと笑ったのは今日初めて見た」
けろっとした顔で言う森山さんに、この人の洞察力は相当なのかもしれないと今更ながら思う。
「さて、お茶にでもしようか」
「森山さんが点てて下さるなら、是非」
「いいけど、今度会うときは伊月くんが点ててくれ。いいよな」
さり気なく次の約束を取り付けてられても悪い気はしない。
くすくすと笑いを溢すと森山さんは不服そうに唇を尖らせた。

緩やかな享受
(打ち明けたら、笑ってほしいんだ)



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