愚か者たちの夜


 画面の中で、ずぅっと可愛がっていた愛犬が今まさに息を引き取ろうとしているところを年端もいかぬ少女が涙を溢れなさせながら、愛犬へ数々のお礼を伝えていた。私は無感動にそれを眺めるのを止め、隣で滝のようにだらだらと涙を流している藤内の顔をじっと見詰めた。
 彼女がなんの連絡もなしに突然私の家に訪ねて来たのは深夜二十三時。何事だ、と玄関の扉を開けたらとても良い笑顔で「泣ける映画を観る予習に付き合って!」ときたものだ。正直一発殴って目の前でぴしゃりと扉を閉めてしまいたかったが、夜ももう遅い。それなりに目立つ彼女が一人でとぼとぼと夜道を歩くなんて不審者たちの格好の餌食以外になりえない。なので仕方なく家の中へ招き入れ、一緒にレンタルビデオ店から借りた映画を観ているのである。
 今度、富松たちと一緒に似たような感動映画を観るらしい。そんなものの予習なんて馬鹿げている以外にないけれど残念ながらそれが藤内だ。

「ねえ、藤内。そんなに感動する?」
「……名前は感動しないの?」
「一応、良い映画だなぁ、と思う程度には感動しているつもりだけど、そんなに泣くほどじゃない」
「信じられない」
 テレビの画面から目を離し、驚愕の表情と共にそう述べる藤内。私はそう言われても、と肩を竦めた。だって事実なのだから仕方ない。藤内みたいに感情豊かなわけではないし、むしろこれくらいが普通じゃあないの? それに自分の常識や感性から外れているからとこちらをオカシイ者として呼ばれても困るのだ。そしてちゃんちゃらおかしくて笑っちゃうわ。
 ふん、と鼻を鳴らしそう伝えても「えー……」と意見を曲げない彼女に溜息を一つ送った。まあそこも彼女の良いところではあるが少々面倒くさい。そして彼女はなにを勘違いしたのか、私の顔を窺うようにそっと無意識であろう上目遣いで覗き込み、おずおずと口を開いた。

「なんか名前、怒ってる?」
「え、なにいきなり。怒ってないよ」
「いや、怒ってるだろ」
「怒ってないってば」

 先程の溜息で勘違いさせてしまったのか、不明だけれどそんなことより、拗ねたように若干口を尖らせる藤内に今日は何故こんなにくるくると機嫌や喜怒哀楽が変わるのだろうかと内心首を捻る。そんな私の心の内など露知らず、ぽつりとやや寂し気に呟いた。

「作兵衛たちよりも先に名前と映画観て一緒に感動して、気持ちを分かち合いたいと思ったけど失敗だったかなぁ」

 普段から、私と感性などが正反対に近い藤内の言葉は思いのほか私の心にじわりと沁みこんだ。そしてひっそりと富松たちへ抱いていた胸の内に渦巻く嫉妬も消え失せていた。私はうっすらと笑みを浮かべ彼女の目尻に残る水滴を指で優しく拭ってやる。

「ねぇ、藤内。私は藤内と一緒にいれて嬉しいんだけど藤内は?」
「え……嬉しいけど」
「じゃあこれは同じ気持ちだね」

 藤内はぱちぱちと目を瞬かせたあと、へにゃりとしまりなく微笑んだ。

12/08/16