ささめく夏風


 ぼろぼろと涙を惜しげもなく零し続ける伝ちゃんを、私は机に頬杖をつきながらぼんやりと眺めていた。
 伝ちゃんとデートをしようと約束した今日、お互いの家の最寄り駅で待ち合わせしたはずなのに幾ら待てども伝ちゃんは来ない。不思議に思い伝ちゃんの家に訪ねたらこの有様。自分の部屋の中央にある硝子で出来た小さなテーブルに彼女の愛用するそれなりに有名な化粧品を広げ、それを睨みつけながらほたほたと涙を頬に伝わらせていた。
 私が頬杖をつかせている机はそれとは別で綺麗に整頓された勉強机である。部屋に入ってからずぅっとこの状態を守り続けているが、いい加減、飽きてきた。私はちらりと化粧品へ視線を遣ったあと口を開く。

「ねえ、伝ちゃん。もう約束の時間、とっくのとうに過ぎてるよ」
「…………名前」

 たった今、私に気付いたとでも言うように彼女は私を見た。開け放された窓から爽やかな夏の風が吹き込み、伝ちゃんの赤みがかった髪が揺れる。
 陽の光が彼女の涙をきらりと反射させて綺麗だと思った。秀麗な相貌を涙で濡らして可愛らしい。口に出してしまったらきっと嫌われるだろうから言わないけれど。伝ちゃんはぐしゃりと顔を悔しそうに歪めて呟いた。

「上手くいかないんだ」
「なにが?」
「名前とデートするんだから、いつもより綺麗に化粧しようと思ったのに、僕じゃ上手くいかない」

 私は呆れ果てた。馬鹿ねぇ。きっと、伝ちゃんは委員会の先輩たちみたいに綺麗で隙のない化粧をしたいのだろう。そんな化粧を初めて数か月の伝ちゃんには階段を一段どころか十段飛ばしで駆け上がろうとしているくらい無謀なものだ。それに、デートと言ったって世間一般での意味とは異なる。私達は女の子同士で友人だもの。ただ一緒にお出掛けすることを気軽にデートとなど呼び楽しんでいるだけ。それなのに、まるで本当のデートみたいに気合入れちゃって。本当、勉強は出来るのに。勉強以外のこととなると少しばかり頭が悪いのは彼女のクラスの特徴なのだろうか。
 まあ、お洒落して私と出掛けたいと言う気持ちは嬉しくないわけじゃあ無いし。私は伝ちゃんの真向かいに座り化粧品の一つを手に取ってにこりと微笑んだ。仕方ない、伝ちゃんよりはいくらか上手い私が綺麗に伝ちゃんを化けさせてあげよう。
 本当は、化粧なんてしなくても綺麗な顔だし私は好きなんだけどねぇ。まあ彼女が望んでいるのだしとやかくは言うまい。


12/07/30