壁外の住人


 涼宮ハルヒ。
 彼女は入学当初から目立つ存在でした。端正な顔立ちの華のある美少女にも関わらず、突拍子もないことを平気で行う変人であり常識人はまず彼女に関わろうとしませんでした。彼女はとても美しく、かつスタイルも良い完璧な人であったので交際目的に近づく男性も最初はいました。けれど、彼女はそんなことに興味がないのか彼女の隣に「恋人」という存在を見たことはありません。
 彼女は、いつの間にかSOS団という何をしているのかも不明な組織を作っていました。入学当初も宇宙人やら未来人やらと言っていたらしいのでSOS団もそれに関係するのでしょう。メンバーは朝比奈さんや長門さん、古泉くんなど綺麗な彼女に見劣りしない顔の整った方ばかりです。
 話は変わりますが、私はよく周りの方たちから「美人だ」と言われます。綺麗に毎日手入れしているさらさらとした艶やかな黒髪、上品な印象を与えさせる整った顔立ちは自分でも自覚していました。性格もそこまで悪くないと思いますし、見た目のイメージを崩さないようにお淑やかに、優雅に常に細心の注意を払っています。家だって、地主ですから悪くないはずです。
 なのに。私は涼宮さんの視界に入ることはありませんでした。彼女が顔だけで選んでいるのではないと理解しています。
 だっていつも彼女の隣で呼吸しているあの人。特に秀でたところが見当たらない、キョンと呼ばれるあの人。
 あの人が憎いです。何故、彼女の隣にいられるのでしょう。何故、彼女の隣にいる意味を分かっていないのでしょう。何故、あの人の場所に私がいないのでしょう。
 少しでも良い。涼宮さんに興味を持たれたい。涼宮さんの世界に私も存在したい。


 今日はハルヒも突拍子なことを言うこともSOS団への依頼もなく、朝比奈さんが淹れてくれたお茶も美味しい、平和な日だった。俺は古泉から誘われたチェスを断り、適当にそこら辺にあった本に目を通している。ハルヒは余程暇なのか、団長椅子に座りながらうーうー呻いていた。

「ハルヒ。五月蠅いぞ」
「うっさいわねキョン! なんで何もないのよ! 世の中は平和過ぎるのよ。宇宙人が攻め込んできて世界の終わりでもこないかしら」
「真剣にやめてくれ……」

 もしハルヒの願いが実現でもしたら長門に投げるしかない。古泉が無言で話題を変えろと笑顔で伝えてくるが、その前にその顔を殴りたい。おろおろしている朝比奈さんはとても可愛かった。
 俺はやれやれと肩を竦め、ハルヒを宥めようと口を開きかけたとき――。

「あの、こちらに涼宮さんはいらっしゃいますか」

 ここにいてはいけないであろう、谷口曰くAランクの容姿を持っており、穏やかで気弱そうな、確か隣のクラスの苗字が手紙を持って訪れた。退屈しているハルヒにとっては砂漠の中のオアシス、恵みの雨、鴨が葱を背負ってきたとかそこら辺だろう。目を輝かせ苗字を出迎えた。

「なになに? 火星人からでも謎の手紙でもきた?」
「やめろハルヒ」
「あの、これを」

 おずおずと差し出した手紙をハルヒが受け取ると、何か甘い香りが漂いそうな笑みを浮かべる。噂に違わぬ、上品な、目の前で火星人やら何やらで騒いでいる顔だけは整っている奴とは大違いな人である。ハルヒも少しは苗字や朝比奈さんを見習ってほしいものだ。
 ではこれで。と用が済んだ苗字は踵を返すとその艶やかな黒髪を靡かせ、扉へ向かう。その間にふと、苗字のその黒い瞳とばちりと重なった。ぎらりと普段の苗字なら想像もつかない剥き出しの敵意が俺に刺さる。苗字が常に纏っている柔らかな雰囲気が剥がされたその姿に、俺が驚く暇もなく、苗字は小さな嵐のように去っていった。ぎゃあぎゃあと何やら騒がしい。俺は苗字のことを頭の隅に押しやり、ハルヒの宥めるのに専念することにした。

「どうした」
「手紙の内容がつまんないのよ。大事な話があるから屋上に来てくれって!」
「告白か。良かったじゃないか」
「恋愛なんて一種の病気よ! 気の迷いよ!」



 ざわざわと強い風が吹く。屋上の給水塔に寄りかかり、彼女が来るのいくら待ってもその扉が開く気配はありません。わかっていたことでした。彼女があんな手紙でここに来ることはないと。あれはただの、涼宮さんに接触するきっかけ作りでしたから。その結果。彼女は私を見ても何も言いませんでした。私に何も興味を示しませんでした。
 私は、彼女の世界に存在することすら、認められませんでした。


140824