色づかず、咲かず


※百合

 ハルちゃんが珍しくボーとしている。いつもは清々しい程の暴君さで空回りした元気さを嫌でも見せ付けてくるのに。
 今現在は普段座っている団長席で頬杖つきながら空を見てる。なんだなんだ、天変地異の前触れか。

「ねえキョンくん。ハルちゃん、なんかあったの?」

 古泉くんとオセロをしているキョンくんに聞いてみる。同じクラスの彼ならわかるかもしれない。
 パチン、と黒のオセロを盤に置くキョンくんは少し唸り私の方を気まずそうにちらりと見た。え? そんなに大変なことが今起こってるの?

「いや、わからないです。すみません、苗字さん」
「ううん。いいの。こっちこそ、ごめんね」

 すぐに目を逸らしてしまうキョンくんを見れば嘘をついているなんて、人の気持ちに鈍感なみくるでも判ることだけど、無理に言わせるのも悪いし素直にここは引くとしよう。
 私は取り敢えずハルちゃんのことは様子見ということにして長門ちゃんの隣まで椅子を引っ張り出して座れば長門ちゃんは本から一瞬目をはなし私の方を見たあと、また本に目を落とした。
 ……なんだなんだ、今日はなんかみんな変だ。パイプ椅子の上で体育座りしたらキョンくんに注意された。大丈夫、スパッツ履いてるからパンツ見えないよ。

「あ、あの……名前ちゃん、お茶、いる?」
「ん、いる。ありがと、みくる」

 SOS団の癒しのメイドなみくるがおずおずと話しかけてきたのでニコリと笑って返せばみくるも微笑み返してくれた。無茶苦茶可愛い。ここに天使がいる。
 思わず頬を緩ませれば、刺さる視線。視線の元を見れば先程までぼーとしていたハルちゃんが私を睨んでいた。怖っ! 美少女の睨みは日本刀よりも鋭く切れるんだよ。そんなに睨まれちゃうと私なんかギッタギタになっちゃうよ。

「ど、どうしたの?」
「…………」

 聞いても只々睨みつけてくるだけで、そろそろ恐怖で逃げ出したくなってきた。いくら目は口ほどにものを言うという諺があっても伝わらない。伝わるわけがない。というかもう伝わらなくていい。
 そんな私にキョンくんが見兼ねて「ハルヒ、睨むのやめろ。朝比奈さんと苗字さんが怯えてるぞ」とハルちゃんに言ってくれるけど最初にみくるの名前を言った事について問いただしたい。確かにみくるは可愛いけどさ。
 だけど、ハルちゃんはより鋭く睨みを効かせてキョンくんを黙らせる。そしていきなり立ち上がったかと思うとつかつかと私の前まで来た。

「は、ハルちゃーん?」
「ちょっと来なさい」

 仮にも先輩相手に随分失礼な態度だけどそれを気にしていたらSOS団なんかには居られない。……まあ、ハルちゃんに無理矢理連れてこられたんだけど。
 ハルちゃんに腕を引っ張られ引きずられるように文芸部部室から出る。出る前に見たキョンくんの顔はなんかムカついた。なんだあの同情するよーな感じ。

「ハルちゃんどこに行くの」
「どこでも良いでしょう。あんたは黙ってなさい」

 引っ張られながら着いて行くけど果たして彼女は本当にどこに行くつもりなんだろう。どこでも良いけどあんまり機嫌悪くならないで欲しい。あとで古泉くんに怒られるのは私だ。
 一つ溜め息を吐くと「名前じゃーん!」と聞き慣れた声が遠くから聞こえて来た。見ると教室のドアから上半身だけ出てきて手を降ってくる鶴屋さん。どうやら私達は二年の教室まで来てしまったらしい。私は鶴屋さんに手を振り返すとハルちゃんの私を腕を握る力が増した。

「いたい! 痛い痛い。ハルちゃん?」
「……苛つくわね」
「…………は?」

 脈絡が全くないハルちゃんの呟きに首を傾げる。ハルちゃんは近くの空き教室に入り込み、いきなり私に抱きついてきた。突然のことに驚いたけど、ハルちゃんの身体が震えてることに気づき、取りあえずハルちゃんを落ち着かせることにした。
 私、ハルちゃんより背ぇ小さいから少し苦しいけど一応先輩だし、先輩のプライドを守るためになんとか我慢してハルちゃんの背中を一定のテンポで軽く叩く。まるで子供をあやしているみたいだ。

「ハルちゃん。どうしたん、名前さんに言ってみなさーい」
「なに先輩面してんのよ」
「まあ先輩だし、私」
「……なんか苛つくのよ」
「なにが?」

 なんでか知らないけどハルちゃんは今少し機嫌が悪いというか、気分が沈んでるというか、どちらとも取れる。だから出来るだけ彼女が安心出来るよう優しい声で問いた。

「……あんたが、キョンやみくるちゃんとか有希とか古泉くんとか……あとは鶴屋さんとか。いやとにかくあたし以外! の人と話してるとなんかムカつくのよ」
「…………へ?」
「あたし以外のやつが名前となんかしてるのも腹立つし。誰かと一緒にいるのも嫌ね……ってちゃんと聞いてんの?」
「え、あ、うん」

 私は聞いてていつの間にかアホみたいに口を開けていた。あいた口が塞がらないとはこれか。と頭の片隅で考えながらも意識はハルちゃんだ。ハルちゃんがつらつらと述べていったものは、一つの感情についての特徴によく似ていて、まだ曖昧で確証がないけど九十八パーセントの確率で一致しそうな、彼女が以前完全否定していたものだ。
 その結論に至った瞬間なにも考えられなくて、ハルちゃんがまだ言っていた内容なんて頭に入ってこなかった。
 私は只々、ハルちゃんに抱きしめられその温もりに浸るばかりだった。

11/08/07