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魔女がシアンを撒きにやってくる 6


とりあえず跡部に未使用のおしぼりを投げ渡して、倒れたまま泣き続けている男の子の前にしゃがんでみる。

「どっか痛いんか?」

男の子を抱き起こして立たせてやると、もう顔中が涙と鼻水だらけでぐしゃぐしゃになっていた。

元々子供も好きな方で人の良い白石がそんな子を放っておけるわけもなく、体についた埃や汚れを掃い、跡部が放置しているおしぼりで濡れすぎている顔を拭ってやる。

「怪我しとらんみたいやしビックリしただけやろ?男の子は簡単に泣いたらあかんねんで、男が泣いてええのんは、お母ちゃんが死んだ時とタンスに小指ぶつけた時だけや」

「っう、だって、いたいよ…っ」

「心頭滅却すれば火もまた涼し、て言うやろ。痛い痛い思たらそら痛くもなるわ。へでもない思えば痛くないで」

「ひっく、おにいちゃん、よくわかんない。えっと、がいじんさん?」

「ちゃうわ。れっきとした日本生まれの大阪人や」

ビシリとどや顔で言い切った白石だが、言われた本人である男の子は見るからに疑問符だらけの表情で白石をじっと見返している。

「はは、白石、そんな小さい子に説いても解らないって」

「こういうんは勢いやろ?なんとなしに伝わればええねん。…で、君んお母さんはどこおるん?」

「あっち」

男の子が指をさした方向を白石と笑いが治まった幸村が見やると、母親には見えないくらい若い二人の女性が会話に花を咲かせている。
息子の様子にはまったく気が付いていないようで。

「最近多いよな、ああいう親」

「せやな。このまんまやとこの子も跡部くんも風邪引きそうやし…とりあえず俺あそこに連れてって来るわ」

「頼む。…ねえぼうや。転んじゃったのは仕方無いけど、見てごらん?そこのお兄さんがジュースまみれになっちゃったんだ。こういう時って何て言うか分かるかい?」

白石の横にしゃがんだ幸村と、未だ濡れねずみ状態のままピクリとも動かない跡部を交互に見て、俯く跡部の傍まで近寄った。

「おにいちゃん、ごめんなさい。いっぱいぬれちゃってごめんね」

まだ少し涙声の謝罪。
たどたどしい言葉だったけれど、今まで全く動かなかった跡部が、その時初めて反応した。

「…悪ぃと思ってんなら布巾くらいよこしやがれ」

「ふきん?」

「これやでー」

首を傾げる男の子に白石が後ろの棚に放置されていた未使用おしぼりを渡してやる。

パッと笑顔になった男の子が受け取ったそれを跡部に「ふきんだよ!」と差し出して、跡部もそれを無言のまま奪い取った。

やっと上げた跡部の顔はオレンジジュースまみれで、とてもあの自他共に認める氷帝のキングだとは思えない有様。

「っぷ」

「あ、こら耐えなあかんやろ」

「あは、やっと治まったのに…!跡部、写メ撮っていいかい?ふふ、こんな姿二度と拝めないだろうなあ」

「うるせえ。ハッ!水も滴るって言うだろうが。水だろうがオレンジだろうが俺様なら大した問題じゃねんだよ」

受け取った筈のおしぼりで一番酷い頭や顔は拭かず、手だけを念入りに拭っていつもの高圧的な笑みを二人へ向ける。

その様が跡部らしすぎて、幸村を止めていた筈の白石も小さく吹き出した。


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