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魔女がシアンを撒きにやってくる 5


メニューを凝視したままの跡部は、今日一番の驚き様で。

「何だこの値段…印刷ミスか?桁が足りねえだろ、国産牛でこの値段なんざありえねえ」

「あーそれはほらアレや、使っとる部位的何かの差ちゃう?」

「肉だけじゃねえ、エスカルゴがこんな値段で出されてんのなんか考えらんねえよ。何だこの店…デフレか?デフレなのか」

「落ち着きなよ。そこまで深刻になるようなものじゃないから。ここのチェーン店も他のファミレスも価格設定は大して変わらないよ」

「な…!それヤベえじゃねえか!会社に連絡して対策取らねえと大恐慌が…!」

「「落ち着け」」

眉間に皺を寄せ顔色が若干悪くなりかけながらも、携帯を開いてどこかへ掛けようとしていた跡部を、こういう意味では常識人の二人が全力で止めに入った。

白石が腕を押さえた隙に幸村が携帯を奪って、コール中となっていた画面を迷わず電源ボタンを連打して消す。

こんな場面で初めての共同作業をした二人は、なんとも言えない複雑な表情で笑い合った。

「…はあ。跡部、お前少しは一般常識を身に付けないと生き難いんじゃない?」

「てめ、何切ってやがんだ。こっちはそれどころじゃねんだよ」

「落ち着きって、心配せんでもデフレやないで?コスト落として価格下げとるだけや。ほらホールいる店員さんも少ないやろ」

「まあ確かに少ないかもな」

「色んなとこで削減しとるから平気なんやで。てことで跡部くんとこの会社?にも影響はない」

本当だろうな、と疑わしげに念押しする跡部に、一般人二人は溜め息混じりに深く頷いた。

注文するだけでこれ。
先が思いやられると考えたのは、きっと二人共通だとなんと無しに悟る。

「ほら早く決めなよ。5分以内ね、よーいスタート」

またもパンッと打った手に渋々放ったメニューをまた見だす。

やっと落ち着いたと二人が胸を撫で下ろした矢先、小さな男の子がパタパタと近くを走って来て、跡部の横で見事な転び方をした。

それだけなら起こせばいいだけの話だけれど。

「…おいクソガキ」

俯きながら低い低い地を這うような声でぼそりと落とした跡部に、白石の顔色が一気に真っ青になった。

「うわ、ちょ…どないしよ。幸村くん跡部くんこと頼むわ」

「ああ…ふふっ」

「笑っとらんと!」

「いや、だってキングのこんな姿…あははっ」

遠慮がちに抑えていた筈なのに、堪えきれなくなって堂々笑い出した幸村を見て唯一場の空気を読んでいる白石は頭を抱えるしかなく。

心底可笑しそうに笑う幸村と、俯いてはいるがびしょ濡れのまま怒りのオーラを撒き散らしている跡部、そして大泣きしている男の子。

「なんやこのカオス」

ツッコミ不足は今まさにこの瞬間なんじゃ、と一瞬過ぎるが、認めたら終わりだと頭を振ってその考えを掻き消した。


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