平日の騒がしい雑踏の中を脇目も振らず歩いていく。すれ違う人間はみんな俺を見てギョッとするが、そんな反応はもう慣れたものなので少しも構わずに通り過ぎた。
今は知らないやつらに構っている暇はない。だって、出来る限り速く歩かないとあいつを見失ってしまうのだ。仕事の休憩中に運良く見つけた、あの黒コートの男を。
なにか気配を感じたのか、逃走姿勢に入ろうとする男のコートをすかさず鷲掴む。ぴたりと静止した彼を見るからに、もう自分の置かれた状況を理解したらしい。全く、優秀なこった。

「……シズちゃん?」
「大当たりだ、臨也君?」

ひくりとぎこちない笑みを浮かべる臨也に、俺は盛大に笑いかけてやった。
捕まえた。








「最悪」

少し混んだファーストフード店内で、臨也は露骨に不機嫌な声を出した。
嫌悪感を丸出しにして牽制のつもりだろうか。つい先日臨也を好きだと言った俺に対する拒絶のつもりかもしれない。
だが、残念なことに、その顔は腹が立つ作り笑いより断然俺の好みだ。

「なにが最悪って、まずなんで俺がファーストフード店で安いコーヒーを飲まなきゃいけないのか。もうひとつは、なんで君と仲良くお茶をしなければならないのか、だ。できればもう二度と君とは会いたくなかったよ」
「うるせえな。好きなやつとだけ関わって生きていきたいだなんて、手前どこの中学生だよ。もう大人だろ、少しくらい我慢しろ」

べらべらうるさい臨也に、俺にしては珍しく饒舌に言い返せば、彼は目を見開いてぽかんとする。その顔が見るからに臨也らしくなくて、俺は思わず笑いそうになった。
だが、そんな俺に構わず、臨也はひどく驚いたような顔をしたまま、不思議そうにこちらを見てくる。

「……シズちゃんさ、本当に俺が好きなの?」

こいつはこんなところでなんてことを聞くのだ。羞恥心をどこかに置き忘れたてきたのか。
俺は少し速くなる動悸を必死に抑えて、冷静を装って答えた。

「んなこと……冗談で言えるかよ」
「そうかな? 俺のこと好きなくせに、なんだか俺の扱いがひどくない?」
「あ? なんで俺がお前に優しくしてやんなきゃならないんだよ」
「……そんなんで俺を落とせると思ってるのかよ」

この間はかわいそうなくらい赤くなっちゃってたくせに。もう通常モードかよ。

臨也は呆れた顔をして、彼が言う安いコーヒーをひとくち飲む。手にしているのは安っぽいコーヒーのはずなのに、何故だかそれを口に運ぶ彼はひどく決まっている。唇に僅かについた深い色の液体に、ざわりと胸が騒いだ。
邪念を打ち消すようにシェーキを啜る。甘いバニラの味に、俺が好きなのは甘いものなのにな、と少しうつむいてそう思った。

「本当に、君は馬鹿だ」

臨也は手の内の紙カップを弄りながら、嘲るような声の調子で呟いた。

「なんの策略もなく、目標へと向かおうとする姿勢。真っ正直って言ったら聞こえはいいけど、要するに考えなしってことだろ? ただでさえ、俺は驚くほど君を嫌っているというのに、なんの企てもなしに挑んでくる様子はいっそ滑稽だ」

あまりにも長ったらしい嫌みを言われたので、頭の中できちんと消化するのに少し時間を要した。
けれど話の趣旨がわかってしまえば、返答もひとつ。とても簡略でわかりやすい答えだけが残される。

「そういうのが得意なのは手前だろ。俺には向かねえよ」

俺の返事に、臨也は「本当にシズちゃんはさぁ……」とひどく面倒そうな顔をしてため息を吐いた。

「俺の言葉、ちゃんと聞いてた? 俺はこの短時間で君にどれだけ暴言を浴びせたかちゃんと覚えている? それなのに、なんでそんなに平然としているわけ?」

普通の子ならここらへんでもう泣き出しているのにな、とぼやくように言う臨也に、俺は少しカチンときた。「普通の子」が誰だか知らないが、臨也の口から臨也に想いを寄せていたであろう存在の話を聞くのはいい気分がしない。もっとわかりやすく言えば、かなりイライラする。
だから俺はかなりぶっきらぼうに、もはや吐き捨てるかのような調子で、こう言い放ったのだ。

「簡単に好きになってもらえるなんて甘いことは最初から考えてねえよ。それに、手前の罵倒のひとつやふたつで鈍る程度の気持ちじゃねえんだ。『普通の子』なんてのと一緒にすんな」

俺は別に臨也になにか夢を抱いているわけではない。こいつが優しい人間じゃないことなんて、俺が一番よく知っている。この身をもって経験している。いっそ残酷なほど非情なやつだと知っている上で、 俺は臨也を好きになってしまったのだ。
だから、これくらいの拒絶で諦めるつもりはない。そういう意味を込めて、臨也のことをじっと睨み付けた。

「……なるほど、考えが浅かったのは俺の方か」

臨也はそう言うと、何故かとても楽しそうに笑った。
そう、いつも俺が彼に歯向かう時に浮かべる、ひどく愉快そうな微笑み。

「やっぱり叩き潰すなら、それぐらい気骨があるやつを徹底的に潰すのが一番楽しいよねえ」
「奇遇だな。俺もお前ほど落としがいがあるやつを知らねえよ」
「ハッ、最高」

落とせるものなら落としてみなよ。臨也はそう言って、コーヒーが付着した唇をぺろりと舐めた。

甘党の俺にはきっと苦すぎるはずのその唇は、けれどもやはり非常に魅力的に見えるのだった。









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