ひやりと涼しい夜道を抜けて、待ち合わせの店に入る。俺が店に入った時には、門田はすでに酒を飲み始めていた。
背の高くないグラスに透明な液体と氷が漂っている。門田はうっすらと色づくグラスの中身をためらいなく口に含んだ。昔の職業柄か、彼が酒を嗜むことが上手いということは、その姿を見るだけでよくわかった。

「お、静雄」

門田は俺に気づくと、ひらひらと手を振って手招きしてくる。それに従い俺は彼の隣に座り、とりあえず果物のサワーを頼んだ。

「悪い、待ったか」
「いや、適当に飲んでた」
「そんな強い酒ばかりをか?」

酔いつぶれるぞ、と少しからかうような調子で言うと、門田は楽しげに笑って返した。

「心配しなくても、俺のツレは下戸だから、俺が酩酊する前にそいつが潰れるさ」
「俺はそんなに弱くねえよ」

アルコール度数が低めのサワーを飲むのだって甘いものが好きだからだし、そもそもバーテンダーをしていたのだからそれなりに耐性はあると思う。けれど、門田と一緒に酒を飲むと彼は俺にあまり深酒を許してくれない。なんだか子供扱いをされているようで釈然としないが、俺はそこまで酒豪というわけではないので、それ以上の反論はレモンのサワーと一緒に飲み込んだ。
しかしながら、門田と飲む酒は悪くなかった。余計なことを言わずに黙々と飲んでいても沈黙が気まずくないし、互いに酔いが回って普段よりも饒舌になるのもそれはそれで愉快だ。今日も他愛ないことを語りながら、ゆっくりとした理想的なペースで酒を飲む。門田とふたりで飲んで、二日酔いになることはまずなかった。

「しかし、飲みに誘ってよかった」
「え?」
「久しぶりにお前の笑ってるところを見た気がするよ」

そうなのか。俺が首を傾げながら門田を見ると、彼は頷いて返してきた。

「ここ一ヶ月くらい、お前はなんだか暗かった」
「……よく、わからねえな。今月はあんまりトラブルも起こさなかったし、喧嘩もいつもよりしてないぞ」
「そうなんだよ。最近お前、おとなしいというか元気がなかったように見えたんだ」

そう言って心配そうにこちらを見る門田に、ふと確かに最近はなんだか暗い気持ちだったかもしれないと思う。暗い、というか何か物足りないような心地がしていた。それは欠けてしまった何かを恋しく思うような、空虚にも似た心境。
ひどく嫌な予感がした。根拠はないけれど、この後悪夢のようなことが待ち受けているような気がしてならない。じわりと背筋に落ちる汗を冷たいアルコールでごまかして、俺は早く話題を変えることにした。これ以上このことを突き詰めていくと、とんでもない窮地に立ってしまう。背筋がひやりと冷え、頭の中では危険を知らせる警鐘が痛いほどに鳴り響いていた。

「そんなことより、最近なんか変わったことあったか?」

さて、なにがいけなかったのか。いや、もしかしたら俺がどんなことを話そうとも、その話題はいつか出ていたかもしれない。門田はほろ酔いでいつもより注意深くなかったし、アルコールで俺の思考はいたって無防備だったのだから。
門田は、そういえば、といつもと変わらない声色で切り出した。

「臨也を最近見てねえな。ちょうど、一ヶ月くらい」

臨也、折原臨也。頻繁に池袋に訪れては、俺に喧嘩を売ってくる憎たらしい男。それは俺のここ一ヶ月の生活で、唯一欠けていたものである。つまり、

「そ、れが……原因?」
「静雄?」
「まさかな、だって、そんな。それじゃあまるで―――」

俺は臨也がいなくて寂しかったみたいじゃないか。

俺が色をなくした顔でそう呟けば、門田の体はぴたりと静止する。ああ、なんて察しがいい。今日初めて、門田がもっと愚鈍であればよかったと思った。
仇敵であるはずの折原臨也が姿を消したことに寂しがる。そんな憎しみとはかけ離れた心情の名前を、俺も門田も知っていた。
あまりのことに呆然としている俺に、門田は自分の発言に責任を感じたのだろう、なんとか話題を変えようと必死な顔をする。そうして当たり障りのない話題を見つけたのか、彼は少しぎこちない笑顔でわざと明るく話しかけてきた。

「そういえば静雄、今日はいつもとは雰囲気違うな」
「そ、そうか」
「ああ。いつもバーテン服を着ているところばっかり見ているから、私服だと周りもお前に気づかないんだな。でも、今日はそれにも増して新鮮だ。……ああ、そうか」

門田は俺の着ている服を指差して、薄く微笑みながら言った。

「珍しいな。お前が私服で全身黒い服を着るなんて」











アルコールというものはひとの思考能力を麻痺させる困った飲み物だ。リミッターが外れてぼやけた頭では、時には言ってはいけないことをさらりと口にしてしまう。
黒いシャツに黒いスラックス。腕時計は黒を基調にデザインされており、靴も靴下までもが淀みない黒色をしていた。

「……つまり、あれか? 俺は臨也が恋しくて黒いものばかりを身に付けていたと?」

その問いは門田に向けられたものではなく自分に問うたもの。酔った思考は、けれども、その問いの答えだけはしっかりと伝えてきた。
否と言うには証拠が揃いすぎている、と。
門田は非常に申し訳なさそうな顔をして、「……今日はもう酒を飲まない」と呟いた。テーブルの上に置いてある彼の強い酒は、先ほど新しいものがきたばかりで、まだ半分も減っていない。グラスの中の氷がカランと音を立てるのを聞いて、俺は迷わずそれに手を伸ばした。

「……静雄?」
「残すのはもったいねえな。だから、お前が飲まないなら俺が飲む」

そう言ってグラスの中身を一気に飲み干せば、喉がカッと焼けるように熱くなる。ひりひりとする口内とくらりとよろめく視界を無視して同じ酒のおかわりを頼んでも、門田は俺を止めたりしなかった。
ただ一言、「……帰りにキャベジンを買っていこうな」と言うと、彼は俺の飲みかけの林檎サワーをゆっくりと煽る。そのひどくミスマッチな光景に、俺は笑いたいのか泣きたいのかわからずに、ごちゃまぜな気持ちのまま泣き笑いをした。







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