瀬戸内びろうど開会

放課後の鐘の音が夕暮れに切な気に響く。
茜色に染まる教室。
其処に影が、三つ。



「お前今回の試験赤点とったら頼まれてた用具の備品の予算、削減すっからな。」



明日から試験日が続く。試験前最後の授業の残りだ。



「うるせーな、勉強する。黙ってろ。じゃあな」



前髪を振り踵を返して教室から去っていく食満。

彼は手先の器用さから、委員会で学園の備品の修理を頼まれることが多い。最近は、自分で考えた用具作りに夢中になって、其が仇となり試験の成績が落ちていた。



「ったく、委員会以外はてんで駄目なくせに、口答えばっかして」



ぶつぶつ文句を垂れる文次郎。其を聞いて隣に座っていた仙蔵が訪ねる。



「…文次郎。前々から思ってたんだが。」



「何が」



「お前あいつの事好きなんだろ(ガンッ!)う」



動揺する文次郎。焦った拍子に、ガンと頭を机に打ち付けてしまった。そのまま少し固まり考えた。


二人はは誰が見ても犬猿の仲だった。廊下、教室、屋外何処ででも、顔を合わせるとお互いいがみ合っていた。


なのに。何を根拠に仙蔵はそんな事を言い出したのか?


…全く解らない。


そうして再び顔を上げる。


「なんで俺があんな…あんな馬鹿で、手先ばっかり器用で格好つけしぃで、変に熱くて目付き悪くて口ばっかりな奴」



「その馬鹿で手先ばっかり器用で格好つけしぃで変に熱くて目付き悪くて口ばっかりな所が好きなんだろう。」



「なっ…」



軽率に言われ、怒りやら何やらから文次郎の顔がみるみる紅潮する。



「動揺してるな」



悪戯っぽくそう言い当てると、「してない!」と返ってきた。彼がぷいと顔を背けた後、雄弁な沈黙が横たわる。



「…」



図星なんだろう。お互い当てもなく俯いている。それから、息を吸うように文次郎が口を開く。



「殴れよ」



急になにを言い出すかと仙蔵は吹き出しそうになったが、慌てて押し込めた、俺は馬鹿だ、と言うような文次の口振りに気付いたからだ。
彼は目を伏せ、本気で殴られるのを待っているようだった。



「…」



「…俺が…変なこと言い出す前に」



「…」



人を殴ったことの無い様な白い拳を、文次郎の頭に振り下ろす。



ぽかっ。



仙蔵の拳は決して強くなく、但し言い逃れを許さないという風な感じだった。


それを受け文次郎はみるみる泣き出しそうな顔になる。背を屈め潰されてしまいそうな子供の様に縮こまった。仙蔵に殴られたからでは無く、他の内なるものに。自分の心に潰されそうになっている。

届かない恋に身を焦がす少女の様に。





「好きなんだ」




小さく瀬戸物が壊れるような声だった。



「あの目付きとか」



「手とか」



「前髪とか…」



「…あんな奴。嫌いだってずっと思ってたのに」



「良いじゃないか。何が駄目なんだ」



文次郎がばっと顔を上げその言葉に食ってかかる。



「よ、良くないだろ!食満だぞ。男だぞ。一年の頃から俺等喧嘩してばっかで顔合わせる度にいがみあってんだ。」



彼は彼なりに考えてはいたのだろう。
威厳のある声に、仙蔵は身を正した。しかし、それらの言葉は彼自身を深く傷つけたらしい。そのまま口をすぼめて彼は言った。



「…だから、その、向こうだって良く思ってないに決まってる。あいつと俺は全然合わないし違うんだよ。全然。やることもする事も。組も違うし。それにあいつ…じょ、女子にも受けが良いだろ。噂でよく聞くんだ。」



「それが何だ。」



何でもないことのように振る舞う。



「全然…違うんだ。俺とは違う。…駄目なんだよ。」


ふるふると首を横に振り、文次郎は再び顔を伏せる。


「…同じじゃないか。」



燐とした仙蔵の声に、文次郎ははっとする。



「同じ人間だ。」



「…」



「しかも同じ国にいる。」


「…」



「同じ学園だ。同じ性別だ。同じ学年じゃないか。よかったな。」



「…」



黙りこくる文次郎。何か考えている。そうして、



「そうだな」



確かめるように文次郎は頷いた。



「同じじゃなければ良かった。」



自然と彼の口から出てくるその冷めた言葉は、何も考えて居ないようにも思えた。



「どうしてこんな近くて、一番遠い奴に思えるんだ…」







゜.・。:+.゜.・。..゜.・。.+゜・。:+
好きっていう気持ちだけで動けたら、どんなに良いだろう。
素直に言葉が述べられたら、どんなに良いだろう。

気にするよ。

お前の事も。
周りの事も。
性の事も。
勉強の事も。
社会の事も。

自分の事も。


11/9 21:36
(Tue)

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