成長平→留

町人の格好で笠を深く被り、引き摺るようにしか歩けなくなるまで酷使した脚を無理矢理前に動かしながら、十一件目になる町を徘徊する。行き交う人々の顔を注意深く見ながら探すが、あの人はいない。
 
「お兄さん、薬草いらないかい」
 
突然、出店の主人に声を掛けられた。だが構っている暇も気力も無い。最近はみんな僕を見ると足早に去って行ってしまうから、情報収集もし難かったので向こうから声を掛けてもらえるのは有難い事ではあったがそんな時間さえ今は惜しい。早くあの人を探さないと。素通りしようと思った瞬間、ふっと主人が立ち上がった。

「ぐっ…!!」
 
襟首を捕まれ、裏路地に引っ張り込まれて壁に思い切り背中を打ち付けた。胸ぐらを掴まれて、腕で喉を圧迫される。
 
「…なっ…!?」
 
 
「どうしたんだい、平太…まるで生気が無いよ」
 
店の主人が伏木蔵だったことに僕は今気付いた。変装していたとは言え、見抜けなかった自分に驚愕する。久々に見た級友は、相変わらず幸の薄そうな、それでいてどこか猟奇的な目をしていた。伏木蔵は口でだけ笑い、目で観察を続ける。暗がりの中で、その目はいやに光って見えた。壁に押し付ける力は退かず、むしろ強まる。苦しい。
 
「ろ組でそれは誉れだったが、今じゃ只の失態だよ、ねぇ、死んでいる人間は町を歩かないよ」
 
伏木蔵は饒舌に僕を窘める。腕を押し返そうと力を入れるが、適わない。力量では負けたことがなかった伏木蔵に、適わない。そう言えば最近飯を食った記憶が無かった。
 
「隙だらけだ。今の君は売女でも殺せるよ、平太…どうしたんだい」
 
尋問を続けられる。しかし答える気は起こらなかった。口にしたくなかった。それをしたら、目を逸らしていたことが事実になってしまいそうで。事実になったら自分がどうなるかわからなくて。もしかしたら狂ってしまうかもしれなくて。それほどまでに落ち込んでいる自分もわからなくて。
わからなくて。
 
「―――っ…ぁ……?」
 
突然、目から何かが零れた。それが涙だと気付く頃にはもう留め度無く溢れいた。思わず顔を伏せたら伏木蔵の腕に雫が落ちた。
 
「平太……」
 
押さえ付けられていた力が弱まる。しかし胸の苦しさは変わらなかった。僕は胸を握り潰されるような悲しみというのを初めて知った。気付かない振りをしていた想いに乗って、悲しみが枷を失ったように駆け出す。唇は噛み締めていないと嗚咽が漏れそうになる。胸が、痺れるように疼く。悲しい、嗚呼悲しい、悲しい、悲しい悲しい。悲しいです。
 
食満先輩。
 
どこにいらっしゃるんですか。
 
 
 
 
貴方の勤めに行った城が落ちてからもう半年も経ちました。城も、兵士も、武士も、忍も戦忍も、殆どが戦火に焼かれました。あの俊敏に動く貴方が、洞察力の強い貴方が、死んだとは思えません。思えませんよ。ですがしかし、何故お姿が見えないのです。何処にもいらっしゃらないのです。焼け跡に行きましたが貴方らしいものは何もありませんでした。周辺は三日三晩探し続けましたが貴方はいませんでした。学園にも行きました。貴方の同窓生も訪ねました。可能性を信じ、片っ端から村や町や山を歩きました。草鞋が何足も駄目になりました。ねぇ、先輩。
 
「何故何処にもっ…いらっしゃらないのです…?」
 
もうお姿もわからなくなる程、焼けてしまわれたのですか?どこかの誰かに、丁寧に埋葬されてしまったのですか?大変な怪我を負って、力尽きてしまったのですか?それともまだ何処かに身を潜めていらっしゃるのですか?何か理由があって、表に出てこられないのですか?誰かに匿ってもらっているのですか?それともお一人ですか?何処にいらっしゃるのですか?先輩、先輩、先輩先輩先輩先輩。食満先輩。ねぇ、
 
また前みたいに、あの笑顔を見せて下さい。前みたいじゃなくてもいいから、せめてお姿を見せて下さいよ。笑って、あの時みたく、頭を撫でて、大丈夫だって、心配するなって、言って、ねぇ、先輩、…
 
 
 
いつの間にか、泣き崩れていた僕を伏木蔵が抱き締めるように支えてくれていた。もしかしたら今までのが全部口に出ていたかも知れない。しかし未だに涙は止まらず。胸は疼く。
 
 
僕はこの日、自由を得た悲しみに全てを飲まれた。

[ 44/52 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[Book mark]


[Color][Draft][Comic][Novel]

[Main]

[Home]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -