結び―喧騒と爛々、残した余韻

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二人で夏祭りに行く約束をしていたんだ。



自分に着物なんて風物モノ似合うのだろうかと不安になりつつ着付けを手伝って貰った。



髪を結い、巾着を片手に家を出た。



期待と不安で胸が苦しい。(実際着付けで苦しかったのだけど)



食満が遅刻するらしく、メールでバカとかドベとか打って痴話喧嘩。



俺はどうやら、食満と喧嘩してるときは不安にならないらしい。



境内からお囃子が聞こえる。



何分かして、鳥居に現れた食満。



彼の浴衣姿は想像よりずっと色っぽくて、華奢で、俺はショックだった。



(足腰が……いや、こいつ、くびれが全部細いんだ)


だって、そうだろ。俺は、女だ。彼氏の方が色っぽいなんてそんな、笑えねえ話あるか。



惚けたように見ていると、似合うだろ、と自信あり気に言い張ってきた。



「姉貴に手伝わせたんだ」



伏せ目がちに言うので、長い睫毛がちらと見えた。悔しかったが、照れ隠しの言葉が可愛くて言い返した。


「貫禄勝ちだ。」



婆ちゃんに着付けられた少々きつい着物の袖を振ると、食満が眩しそうに笑った。



鳥居の階段を上り神社に向く一本道は、既に屋台の明かりに照らされ人が賑わっていた。



醤油やソースの香りに胸がいっぱいになる。



まずはお参りかな、と一人で呟く食満を横目に



「お前さ」



「ん」



何と無く聞いてみた。



「別に浴衣じゃなくても良かったんじゃねーの。俺は…ホラ、婆ちゃんに無理矢理着せられたからだけど。私服の方が動き易いだろ。何でわざわざ。」



夏祭りなのだから浴衣を着るのは常識だ!などと言われ、せっせと着付けられた浴衣は動きにくいし目立っていけない。



「何でって」



食満は注意を引かせるように、俺の浴衣の裾を引っ張った。襟が少しよれた。


「…お前、まさか今日の事、ただ『食満と夏祭りに行く』だけだと思ってないだろうな」



思ってる。



「だったら何だよ。」



襟を直しながら憮然と返事をすると、大袈裟にハァーと膝に手をつき溜め息を漏らされて、むっとした。



「おいこら。何だってんだ。」



べし、と丸まった腰を叩くと、その手をがし、と掴まれ、びっくりして少し固まる。



「お前、自覚しろよ?」



ぐっと指が絞められる。なんの事やらさっぱり解らないが、食満が本気だったので迂闊に口を開けない。真っ直ぐと見つめてくる瞳に必死に答えを探す。



その様子を何事かと行き交う人々が覗き込んでは、通りすぎていった。



やっとお互いそれに気付き、薄暗い神社に逃げるように向かっていったんだ。



屋台も無いので薄暗く忘れられたようにたたずんでいる本道の奥のお社では、さっきすれちがった老人の夫婦の他に人の姿は無くて、喧騒から離れた夢の中の様な雰囲気を出していた。



ぱん、ぱん。



一礼、二礼。



南無南無。



ばあちゃんの腰が善くなりますように。

高校に受かりますように。

ウチの部が県大会に行けますように。













…あと,食満と













「なあ文次郎。さっきの続きだけどな」



願い事を遮って食満が割り込んできた。



そんなに蒸し返したいとは、往来であんな行動をとったのもあるが、余程大事な事なんだろう。が…



「うるせえな。神様の手前だぞ。願いが途切れちまった」



手を合わせたままにらむ。



食満は、この際神様に聞いていてもらうのも良いかもと思った。



「なんだよ。お願いって」


「ばあちゃんの健康、受験合格、(サッカー部)県大会出場」



「…俺の事は?」



「は?県大会の中に入ってるだろ」



「じゃなくって」



食満は俺の両肩を掴み正面を向かせた。



「お前、今、俺と付き合ってんだぞ?」



「…? わかってる」



「絶対わかってない全然わかってない」



「なんだよ。」



さっきから何を求めているのかさっぱり読み取れない。



俺は困ってしまい、拗ねた子供のように口を尖らした。








すると、








視界が急に閉ざされ、ふんわりした何かが口を塞いだ。



次に見たものは、食満の顔が自分からゆっくり離れていくとこだった。



「えっ?」



わけがわからず身体が硬直化する。




え?神様の手前で?
こんな往来で???




困惑して黙ったままでいると、食満が解すように言葉をかける。



「俺、今日は浴衣で行くってずっと前から決めてた」


触れた唇が、小さく動いてポツリと溢した。






「デートだからな」






目だけ空を見上げ、食満は頬を染めて言った。



「それをお前…浴衣は無理矢理着せられた、とか、祭りを二人で見に行くだけとか、さしづめ願い事は婆さんの健康と自分の受験と部活のことって」



だーだーと文句をきかされ、かっとなってキスされた事を忘れ言い返した。



「なっ、なにをっ!お、俺だって人形みたいにぼーっと着付けられてたわけじゃねえよ!似合うか不安になったし、髪は結って留めようか迷ったし、お前に何て言われんのか怖かったし…。祈願の事は、いいだろ!婆ちゃんホントに腰悪くて入退院繰り返してんだ!受験だって、婆ちゃん安心させる為だし、部活も大事だろ!」



「わーかった!わかった!婆さんや部活は大事だ!でも俺自体の事考えてくれても良いだろ!?彼氏だぞ!一緒にいたいとか仲良くなりたいとかあんだろ!色々!」



「考えようとしたら最後にお前が邪魔してきたんだろー!」



「なんだとー!?」



うー、とお互い唸り合っていたが、ぱ、と食満が顔を替える。



「今言えよ。」



唸ったままの俺に命じる。



「は?」



「俺へのおねがい。今、俺に言えよ。なんて考えたのか聞かせろ。」



そんなこといったって、急に思い付くことでもない。あのとき考えていたことは、急に邪魔されたせいで吹っ飛んでしまった。



「聞かせろって…」



俺は何を願おうとしたんだっけ?



(ばあちゃんの腰、大学受験、県大会出場。…あと,食満と)



唇に指を当て、おたおたして考えたり食満の顔を見たりする。



(食満と)



当てた瞬間、さっきのキスを思い出した。そしたら、恥ずかしさで思い出したんだ。








(ずっと一緒にいれますように、)








という言葉が浮かんで、恥ずかしくてかき消した。



「お前が!」



唐突に言葉を発され、食満が「おっ」と驚いた。



「おっ、おおお前が、足の骨折りませんようにって願った!」



足の骨なんかおったら県大会どころか地区大会もお預けになるからな!



そこまで慌てて唱えて俺はふんと鼻を鳴らして腰に手を当てた。



「…な、なんだよその不吉な願いは!」



顔を青くした食満は、愕然として言った。



彼女にデートで足を折るなと告げられた、なんて笑えない笑い話。



どうしてくれよう。



「ほらもう良いだろ!俺腹減ったし!たこ焼き!やきそば!食うぞー」



そう言って屋台に足を踏み出した俺を食満はしょげて見ていたが、待てよ!と呼んで、俺達は明るい喧騒に満ちた屋台に飲まれていった。










END



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8/14







文次郎は自分が一番。食満は、二番。

自我が通っている恋愛不慣れな感じ。

キスの残した余韻は二人の記憶と一緒にお社に留まり続けている。

二人は一緒に、未知や不安を乗り越えて行くんだと思うな。

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