ひらいたひらいた
食満が食べている、
葛餅が気になる。
いつもの事。大抵、珍しく委員会が無い日に、勉強したり、喧嘩したり、しゃべったり菓子をつまんだり。…そんな事をする為に、わざわざ教室に居残る。離れるのが名残惜しくて、ついつい遅くなってしまう。他愛の無いことだ。最後の授業の総まとめをするのだが、食満が食べている葛餅が気になって気になって。 伊作の両親からの差し入れで、日持ちがしないので食べて欲しいと本人に押し付けられたらしい。 文次郎は呆と皿の中を見た。 濡れた葛餅にきな粉が吸われ、ふわりとした感触が見て取れる。煌々と陽に跳ねる艶が、輝く程綺麗だ。そんな葛餅達を、楊枝に刺してほいほいと口に放り込んでしまう食満。そして思い出した様に本に視線を戻し、口を動かしながら読み込んでいた。 「…………。」 食満は、甘味を食わないと何処かで思っていたのか、まじまじとその様子を眺めていた。何と無く、甘味を含んで行く食満に安心感を覚える。どうも俺は食満が甘味を食うのが好ましいらしい。は?いやいや、甘味を食うのが、似合っている。と言うのか?はぁ?いやいやいや。いやいやいやいやいやいや。 俺は、今、何を思った? (食満が好きだな、と) 「……!!!……っ!?!?///」 一人で考え、出てしまった答えに驚愕する。隠せない動揺に、机に頭を打ち付ける。 なんだと。 食満が好きだと。 嘘だ、嘘嘘、葛餅だ。葛餅が旨そうだっただけだ。そうだ。食満は、男だし、喧嘩ばっかするし、目付き悪いし。こんな奴は普通綺麗だとも思わない。そうだ。葛餅のせいだ。葛餅葛餅葛餅葛餅…。 「なんだ、文次郎。ぶつぶつと言うな。気持ち悪い。」 机に打ち付けた音に吃驚し、身体を捻り食満が文次を伺う。文字は突っ伏したまま、違う。葛餅、食満が、喧嘩、等とぼやいている。右手に握った筆が、僅かに震えているのを見て、食満は、悟った。ここは自惚れて良い所だということを。一つ、楊枝に、葛餅を刺す。 「文次郎、顔を上げろ。」 囁くように注ぐその言葉に仰天し、勢い良く文次が顔を上げる。間近で食満の双方の目が合う。息が止まり心臓が跳ねた。 「何か言うことがあるなら面と向かって言え。言えば、そうだ。葛餅一つやるぞ。食いたいんだろう、葛餅、」 鼻に付くほど近くに葛餅を押しやられ、口を開けたくなるが、食べたら終わりだ。好きだと思ったなんて死んでも言えない。しかし、これを伝えたり、伝えなかったりした所で、この気持ちがどう変わるかなんて理解できなかった。ただ、好きだな。と思っただけなのだ。思っただけ。思っただけ。…焦点の合わない虚ろな文次の目は、元から隈に囲まれ憐れなのに、さらに可愛そうだ。(黙る気だな…)沈黙に反応した食満は、行動に出る。葛餅を無理矢理文次の口に押し込んだ。一瞬遅れて拒もうとしたが、落としたりしても罰当たりなので受け入れてしまう。 「食べたな。」 低く食満が喜びの声を上げる。さぁ、言え、と固まる文次に催促を入れる。頭の整理が出来ていないのに、さらに食満が催促をかけるので、半場混乱し、情けなくて涙が出てきた。ぽろりとひとつの涙が落ち、食満が口をあけたままそれを見やる。机に染みが広がる。この落とし主に目を戻すと、又ぱたぱたと涙が落ちた。 (俺は、今、) 文次郎は食満の視線を感じ、両手で目を拭った。 (言いたくないんだ) しゃくりが上がり、呼吸が浅くなる。一旦、大きな溜め息を漏らす。 (食満に嫌われるからな) でも、きっと言うんだ俺は。 (泣いてるし。葛餅、食べさせられたしな。) 「…食満が、好きだ。」 …[ 4/52 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[Book mark]