鳥居輪廻回想情事 現

風が、通りすぎて行く。

生温い風が。

冬の間は風が吹くと、人々は身体をちぢこませて、どうにか寒さを避けようとするが、生温い風は温度や痛さが無い。

まるで、目に見えない何かが通りすぎていくようで、何やら薄気味悪い。

紺色の制服に身を包む少女は、風にスカートを翻させながら、じっと木の上を見ていた。

先程から白い羽が舞うので何かと思うと、カラスが死んだ鵯を木の上で啄んでいたのだ。

だらりと下がる赤いモノを、何だか呆として見上げる。

どうにもあの肉片が、自分と重なる気がしたのだが、何なのか良く解らない。

生理?…はこないだ終わったし…。

気のせいだ、と目を閉じ、別の事を考えようとする。
待ち人である食満留三郎は、同じ部活に所属している恋人だ。自分はそのサッカー部のマネージャーとして活動している。自分に厳しいのか、周りに厳しいのか。部員には、鬼マネージャーとして名が渡っていた。
よくもまあ、食満はこんな自分を選んだものだ。

意味がわからん。
てゆーか理由を聞いていないんだ。全く、いつもそうだ。

どうしていつも、肝心な事は言ってくれないんだ。

そこまで考えると、ぼんやりと目を開け、じっと地面を見つめた。すると、目の前にあった柵に傷が掘られているのに気が付く。


部活を終えた食満が、待ち合わせの場所である桜の木下で、柵を見下げる潮江の姿を目で捉える。

木に鳥でもいるのか、白い羽が潮江の辺りに無数に舞っていて、なんだか眩しくて食満は少し目を細めた。


「潮江。終わった。帰ろう」


話しかけると、潮江は柵を指差した。



「…柵に鳥居が書いてある。」



元来鳥居とは、神々や妖怪が現世へと降りるための入り口、道標の役割があった。現代の開発により無くなってしまった鳥居のあった場所に、人はこうして痕を残すのだ。諸々の入り口を、塞がないために。



「鳥居があったんだ、昔、ここに。覚えてないのか?」


食満は潮江の顔を覗き込む。潮江は少し考えた後、ふるると首をふった。食満は、そうか、と諦めた調子で少し笑う。



(また!)



やっぱり、肝心な事は言ってくれないんだ。



―どうして?



まだ数回しか歩いて無いのに、もう何度も食満と同じ道を歩いた気がするのは何故なのだろう。

一緒に家路を辿りながら、潮江はさっき言われた、鳥居の記憶を辿っていた。



―鳥居があったんだ、昔、ここに。覚えてないのか?―



…この街の事は昔から知っている。あんな所に鳥居なんて無かったハズだ。



なのに



(なんで)






見たこともない赤い月夜の鳥居が、脳裏に浮かぶのだ。






暗い、闇に、紅く、映えた、古い、鳥居、…






文次郎は心の中で、そっと言葉を紡いでいく。
割れた硝子を拾う様に。






影、声、手のひら、案内、瞳、呼ぶ声、俺の名前。



綺麗だった。けど、悲し…。かった。



何が?



俺を呼ぶ声がしていた。



(潮江文次郎!)



誰が?



闇夜に、鳥居と



―食満?…



潮江がはたと足を止める。食満は振り向き、何だ?、と心配する。



「………。」



鳥居が、綺麗だった。
月夜の光が照っていた。
食満が居て、それで、




「…、悲しかった」




潮江はそれだけ呟くと、知らずに溜めていた涙を溢した。



俺は、潮江文次郎だった。


食満に命を捧げた男だった。



暗闇の中、

ずっと、

ずっと恋人を探してた。



声がしていた。俺を探しているような。



でも、誰なのかどこから声がするのか、わからなかった。



しかし、その声の主が、今、目の前にいるのだ。



「潮江文次郎。」



食満は確かめるように呼び、その瞳を見据えた。



「…鳥居、壊されたんだな」


ぽつりと呟く。



「ああ」



「ずっと俺の側にいてくれてたんだな」



「…ああ」



「………、食満。……」



あの時も、掻き切られた喉の奥で、言ったんだよ。



でも、届かなかった。






「……会いたかった  」






食満は文次郎が前世の記憶が肉体に戻るずっと前から、現世に記憶を取り戻していた。
文次郎の傷跡、別れた鳥居、最後の言葉を延々と脳内に映して。忘れないようにしていた。忘れられないように。

輪廻の巡る呪いの様に。

そうして、明くる年、文次郎によく似た少女を見かけ、思わず話しかけたが、他人の顔をされた。

死の直前、文次郎の食満を強く思いすぎた念が、逆に彼の存在と、自分という存在を掻き消してしまっていたのだ。

それを知らずに、又、違うのかと思っていた食満だった。が、話し方や仕草、目元の隈…、何より、自分を忌み嫌って、やたら口を出してくる事が、何よりの証拠だった。



文次郎だ、という事の。




ああ、




長かった。




随分と待たされたよ、文次郎。




悲しかったよ。




おれも、会いたかった。




会って、謝って、ちゃんと抱き締めたかった。




お前も、ちゃんと、俺を抱き締めるんだ。






抱き締めよう。
お互いをしっかりと、
確かめるために。


現世へ息した喜びに。


共に離れた悲しみに。


輪廻を制した


この身体







二人は苦しそうに抱き締め合った後、再び家路を、辿るのだった。

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