Pierce punctures.

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「やっぱりいいよ…俺、次の駅で降りるから」

「何今更ビビってんだよ。」

「ビビってるビビってないの問題じゃない」

俺の名前は潮江文次郎。
今、俺は電車で少し離れた病院に向かっているところだ。何しに行くかっていうと

「俺なんか昨日家で開けたぞ」

「なっ…バカじゃねーの!失敗したらどうすんだよ!」

「そんときは塞ぐし」

「〜〜〜〜ッ。」

耳を開けに行くんだ。
先日の話だ。俺がボソッと、このバカでアホでチャラ男な奴食満留三郎のピアスを「いいな」なんて言ったばっかりに

「じゃあ開けに行こうぜ」
なーんて言う奴の嬉っしそ〜うな腹立つ顔が今でも目に焼き付いている。…

ああ…なんてことに

「はぁ〜〜〜…」

後悔と不安の入り交じった溜め息が出た

「…」

それを見たからか食満

「そんなに嫌か」

奴の諦めようかという問いに俺は乗った。

「!、当たり前だ、知らない医者なんかに耳開けられてたまるか…」

やった、これで帰れる。
俺は素直に喜んだ。しかし、

「そっか」

何故かしゅんとしている恋人に、俺は首を傾げるが奴は何も言わずに次の駅で降りた。いそいそと俺もそれに続く。

「親から貰った身体傷つけて良いこと無いからな」

そうして、帰り道病院をパスして意気揚々とおれは喋っていた。少しぐらい乗ってくれても良いのに、食満はあれから押し黙ったままだ。

初めは気にしない降りをしていた俺だが、やっぱり気になって聞いてみた。

「なぁ…何だよさっきから。」

食満の顔を覗き込むと、少しびっくりした様子で返事を返した。

「ああ…いや、別に、大した事じゃ」

そう言って再び口を閉ざしてしまった。



何だ?

何だ何だ何だ?

こいつがこんなに落ち込むなんてよっぽど大した事だ。

けれど、かける言葉も見付からず、そのまま俺達は家に向かった。

慣れた家路を食満と黙って歩く。

軈て見馴れた古い民家が顔を見せる。

送ってくれてありがとな、と、病院についての事は、結局降れずに最後の言葉を入れた。
未だに何か不満げな食満だったが、やっと自ら口を開く。その言葉はかなり辺鄙だった。

「俺さ…手先器用だろ」

はぁ?
何だ急に

と言いそうになって口を紡いだ。食満がこれまでに無く言いにくそうに話し出しているからだ。
彼は自分の後ろ髪を弄ったり、右足左足を見比べたりともじもじしながら切り出す。

「(お前が)ピアス、興味あるって言ってくれて嬉しかったんだ」

オレ、お前そーゆーの興味無いんだと思ってたからと食満は呟きを繋いでいく。真面目なガリ勉という悪態がちらほら見え隠れしたが俺はそれをグッとこらえ一言も聞き逃すまいと真剣に耳を傾けていた。

「だから、作ってたんだ」

「…何を?」

唐突な意見に疑問符を打つと、食満はズボンの尻ポケットから長財布を取り出し中から華奢な耳飾りをつまみ上げた。

「…」

俺は目を丸くして、その耳飾りをじっと見詰めた。

アクセサリーの事はさっぱり解らないが、凝ったデザインの繊細な針金細工の中に、硝子ビーズが散りばめられてかなり本格的だった。高級感すら漂っている。

「こっ、これ、作ったのか…!?」

「?、ああ。つーか、今、耳につけてんのもそうだ」

言われて耳を見ると、シンプルな銀細工は粗く擦った痕があった。

味があって良いだろ、と食満。

そのふとした顔に、俺は改めて奴の職人技に打ち水を浴びせられた気持ちになった。

「なっ、何でそれを先に言わないんだ!勿体ねぇっ」

わっといきなし吠える俺に食満は驚いた様だった。

「だっ…てよ、お前が何か病院嫌がるから…お前両親居ねぇのに、親から貰った身体だからどうとか言うから、他人のオレが口出し出来ねーじゃん?オレのイヤリング着けて欲しいってのは、オレのエゴだし…」

そう言いながら手に持っていた耳飾りをシャラシャラと鳴らし弄んだ。
歩きながらそんなことを考えていたのかと俺は思い知り押し黙る。
食満はそのまま沈黙を作ってから、まぁ、だから、と繋げた。

「勿体ねぇならやるよ。キーホルダーにでもしとけ」
そう言って俺の手首をぐいと引いて、手荒にそれを俺に渡した。

それに反して耳飾り本体は、綺麗で、繊細で、手の中で崩れてしまいそうな感じだった。

「…ありがとう」

奴は奴なりに勝手に色々考えているらしい。いきなり黙らたのは、複雑だし面倒だったけど。

「すっげぇ嬉しい」

ここで笑顔の一つでも溢してやれたら良かったけれども、何せ純粋に感激していたので、笑いもできず、泣けもしなかった。
食満はそんな俺を見て察したのか、照れ臭そうに首を掻きむしって笑った。
そして、耳飾りを作った行程をぽつぽつ溢し始めた。

「お前さ、項(うなじ)美人じゃん。…まぁ、よく髪の毛上げるから目立つだろ。だから、首から項にかけてのラインを邪魔しないように、髪の毛みたいな黒くて細い針金にしてみた。ちっと大人っぽすぎるけど、逆に其が良いかなって。」

ませてる感じがさ、と余計な一言も付け、食満は満面の笑みを称えた。

「ほっそいペンチみたいなんで、こう、ぐにゃぐにゃ曲げてくんだよ。デザイン通りに。思ったより簡単だったな。」

話を聞いて、俺は圧巻された。

こんな小さな物の為に、身体の構造や他人の視線、目の動き、その人を見た印象まで考えて、食満はこれを作ったのだ。

「………」

黙って話を聞いていた俺は、小さく唸るように呟いた。

ずっと、奴が、

待っていた言葉を。



「…え」

「だから…穴、」




―あけたい。




●●●●●●●●●●●●

家に上がり部屋に着いた俺達は、お互い向かい合うように床に座った。

食満が鞄から小さな針の付いたパンチみたいなものを取り出すと、俺は血の気が引く気がした。

「…顔色悪ぃぞ、やめる?」



な、なめんな!

「平気だ!部屋ん中に入ったからだろっ」

好きな奴から手作りの耳飾り渡されて、付けられないなんて笑えねぇ話あるか!

…そうだ。俺はやっと決心が付いた。

ピッチで穴を開ける。

食満が。俺の耳に。

「ふふ、ああそう。じゃあ、さっさとやるぞ。安心しろ、五秒で済む。」


食満は宥めるように(実際俺には威圧しか感じなかったのだが)そう言い諭した。

そして潔く、正座をした俺の太股にどっかり腰を下ろす。

「な…重ッ!なんだよ」

目の前に食満の顔が来て、俺の顔色は青から赤へ一変したことだろう。信号機みてぇだなとか言ったら張り倒す所だ。食満の顔は近いし、耳はこわいし、もういっぱいいっぱいだった。

「お前が逃げねえようにな、暴れんなよ、ずれたら穴が広がるぞ?」

ヒィー
嫌だ、

しかも食満の息が掛かる!
近ぇ〜〜
離れろ〜っ
いやだあっ

けど!


「誰がここまで来て逃げるかッ!」


もう食満に対しての喧嘩腰しか俺の意識には無い。

う〜。

こうなったらヤケクソだ!

「さっき(病院から)逃げたじゃん。つぅか、耳、赤くね?」

「!」

恥ずかしさと怒りに赤面した俺の顔を見て、食満がニヤッと笑って言った。
最悪な言葉を。





「血の巡り良くなったらいっぱい血ィ出るな。」





ひっ



うう〜


「あ、文次郎!?」

食満が急に、慌てて俺の名前を呼んだ。
それもその筈だ。
俺はほぼ半泣きの状態だったのだ。

だって、怖いのに、嫌なのに頑張ってここまで来たのに、そりゃねぇよ。

「悪ィ、ちょっとからかっただけだ、泣くなよ…」

お前の『ちょっと』の度合いがわかんねーよ!

首に腕を回し、食満は俺を胸に寄せて抱き絞めた。
胸の中で俺はモゾモゾ文句を垂れるが、食満は優しく返してくれた。

「う…痛く…ないって…」

「ん?痛くねえよ。すぐ終わる」

「…本当かよ。」

「本当だ。」

「嘘…だったら殺すぞ」

「嘘じゃねーよ」

「痛くしないよな…?」

「しねーよ。」

「血ィいっぱい出る?」

「穴が小さいから止まるのは早いから。」

「…」

「…」

ゆっくり顔を上げて食満の目を見ると、怯えて哀れな目をしていたのだろう、同情を込めたような、優しい目が返ってきた。

「さっさとやりゃ、わかる話だよ。ホラ、ベソベソしてんなよ」

「し、してねーよ。」

慌てて目尻を押さえる。

そして、食満は俺の息が整ってから、そっと耳朶をつまんだ。

「…ッ」

柔らかいものに触れられるという羞恥が俺の心に広がる。

いよいよ空けるんだ。

そう思うと、知らずに身体がこわばってしまう。

ギュッと食満の上着の裾を掴むと、察してか食満が声をかけた。

「あんまリキむなよ。恐くねぇし」

力んで余計な力が入るのは良くないからなのだろうが、俺は強張ったまま動けなくなった。

練習の為か、ピッチが耳元で何回かカシャカシャと音を立てた。

「ひっ……ゃ」

痛くない、痛くない、痛くない、痛くない、痛くない、痛くない、痛くない!

針が耳朶の裏に当てられた。

「うぅっ、やっ…やだ、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!」

頭が真っ白になった。

裾を掴み食満の胸に頭をぐっと押し付ける。

あまりに力み過ぎて、耳の奥がキン、と鳴った

上手く息ができない

息が止まる




―カシャッ。




………!


「…ぷあ!」

再び息を求めて顔を上げると、食満が空いたぞ、と普段通りに言った。

…え、今の?

「なんだ、本当に痛くねえな、」

楽勝じゃん、と俺は緊張が解れ、イイ気になってやっと笑った。

ちくっとした他に本当に何も大した事は無かった。

あーよかった!

これじゃあ皆空けるわけだ!

「じゃ次、右な」

余裕綽々にもう片耳をつまみつき出すと、食満が面白くなさそうに、何だ、急に余裕こきやがって。と呟いた。

「刺す前までヒンヒン泣いてたくせに」

「な、泣いてねえよ!」

「うそこけ。」

「うるせっ!さっさとこっちやれよ!」

すると、食満が急に艷っほくまだ何もされていない右耳を撫で上げた。

「そんなに余裕なら穴もう2、3個増やすか?」

食満はにんまりとしながら、俺のヒクリとした唇と、笑えていない目を交互に見比べた。


「じょっ、冗談じゃね――っ!!!」



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Oct,6th(Wed)
13:35電車内にて

痛い思いはしたくない

けれど

それが貴方のせいなのなら

それにすがって

耐えていける



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げははは…嫌がる文次が好きだくん杉田くん杉田玄白ん

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