鳥居輪廻回想情事中
※グロ注意
下げます
おうおうと男の声が響く。
戦場は城の前だったが侵入が許され、もとい守備が破られ、城内まで攻めこまれていた。
人が行き交い刀槍を振るう度に朱が舞い踊る。
紅く爛れた障子、もののけの通った痕のような壁、天井の傷痕。庭の池には、取られた首が浮いているのを見受けられた。
刻々と時間と血を吸い、城内は悲惨な姿に変わって行く。
ある奥へと伸びる長い廊下に、点々と敵方が横たわっていた。血で染まった床を不審に感じた敵方は、仲間の死体に近寄った。
が、確認も取れずくずおれた。
なぜなら、何者かに首の付け根をすっと刈られ、血が噴き出してしまったからだ。がくんと膝をつきそのまま仲間の死体に被さる。
文次郎は紅く染まり髪の毛が絡む小刀を、倒れた敵方の袴で拭き上げた。腰に刀を戻し、障子に足をかけ再び天井裏へ潜り込む。
敵方の姿が見えない内は、恋仲の事を考えていた。
その思い人、食満は相手城の姿に変装し敵陣に紛れて行動をしていた。
たまに、敵方の動きを瞬時に読み、味方に連絡を入れる情報伝達の役割を果たしている。
稀に、やむを得ず味方をも切り上げた。
「死ぬときは一緒に、だからな」
人の流れにもまれながら、食満は文次郎の言葉を思い出していた。連れてきてしまった。俺は、文次郎をここへ連れてきてしまった。
まるで心中だ。
なぜ、あの時文次郎の手を引いて、どこか違う所へ逃げなかったのだろう。
…しかし、理論付けられる言葉が、あまりにも単純で。明解で。
「見放すなよ」
そう言っているかの様な顔の文次郎が、真剣で、怖くて、強くて、―愛しくて。
それに頼りたかったのだ。言われた瞬間、自分は文次郎という存在に生かされているということに気付かされたから。
―そう思った途端、食満の唇の端が少し緩む。文次郎を思うと、つい笑みが溢れていけない。
しかし、敵味方には、殺気立つ食満の狂喜の性としか見られなかった。
ーーーーー
…天井裏に忍び込んでから、一日内の半刻は過ぎた。いい加減に場所を変えぬと、勘づかれる。
上から見下ろす廊下には、積まれた身体の山がいくつも出来ていた。元々、敵の死体を使い敵を誘い込む術だったが、ここまであるとやりすぎだ。文次郎は耳を済まし敵がいないか確認する。
何より、今は食満が気になる。
食満と合流しなければ。
そう思った途端、急に気持ちが焦いて身体が動いた。
食満を探すには、今は敵に成り済ました方が良い。
どうせもう味方も尽きている頃だろう。
天井板を外し、床に足をつける。積まれた遺体から着物を剥がそうと手を伸ばした矢先。
掛かれ、と男の声がした。
死体の陰や廊下の奥から、数人の影が射す。
(しまった。やはり感づかれていた。)
死体の山から長刀を引き抜く。先決として、ここから早く脱出しなければ。
先刻叫んだ男が、間近に迫る。文次郎は徐にしゃがみこみ、足を払うと男は小さく悲鳴を上げ倒れ込んだ。
躊躇いも無く、横になった首筋を上からぬっ、と串刺す。
再び死体から刀を頂戴し、掛け声と共に走り寄る二人目の男の額へ目掛けて投げ掛ける。
カツリと音がし、刀を頭に刺したままぐたりと死体に紛れて崩れていった。
さらに敵が迫り、刀をとった文次郎と鍔迫り合いとなるが、三人、四人、と囲まれ息を飲む。
嫌な汗が背中を伝う。
文次郎は鍔を勢いよく離し合間をとってから、目眩ましの粉を撒いた。
「うわっ、」とくぐもった声がした方を、迷わず切りつける。数人の断末魔がした所で、文次郎は廊下を抜けようとした。
瞬間、異様に鮮明な、サパリと音がした。
そして、全身の血の気のサァッと引く音が、脳に響く。
文次郎は音がした方を見た。
自分の腹に刀が伸びていた。
ぬらりとした鋼の伸びた先を見ると、先刻文次郎が切りつけた男が息も絶え絶えに竿を握っている。そして、男は文次郎に恨みの文句を放つと、一気に文次郎の腹をかっさばいた。
臍の下から顎にかけて、冷たいものが通った。男は力尽き、崩れ落ちた。
文次郎は走る喪失感と激痛に目眩を覚える。
必死に身体の中央にできた溝を両側から押さえ込む。
血がどうどうと流れ、目が霞んだ。
倒れて楽になりたい。
身体がそう叫ぶが、何とかして足を運ぶ。
ああ、ドクドクと脈が喧しい。はやく、…食満に、会わなくては。
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