行かないで3

(伊作視点)




最近文次郎の様子がおかしい。



今朝も電信柱に頭をぶつけながら登校したらしく、血だらけで保健室に来たときは驚いた。

日に日に酷くなるその自虐行為に、僕は心配になり相談に乗ろうと身をのりだしたのだった。



(朝の保健室は先生も職員会議でいないから静かに話せるし。)



僕は無言のままで治療を受けている文次に、どうかしたの?と聞いてみた。
今朝の彼女は何故かボロボロで、車に引かれたみたいに傷だらけだった。
しかも簡単には口を開こうともしない。



いや、むしろ僕に対して言いにくそうにしている、と言うべきか。

傷を手当てして貰って申し訳なさそうにしてはいるものの、どこかまだ不満そうな顔だ。

まるで普段当てるはけ口が無くなってしまったような…



…あー!、ははぁ。これはもしや





「もしかして食満と何かあった?」





先日辺りから、二人でいる姿を見ていないことに気がついてはいた。会えば口論、会わないと気が塞ぐとは。…報われないカップルである。



「………。」



手当てを受けていた頭を少し背け、視線を外された。が、耳が赤くなっていくのを見ると、やはりそうなのだろう。

言葉を待つと、重い口を開きたどたどしく呟きだした。



「け、喧嘩した…」



いつもじゃないか。
と、いうのは置いておいて…。

僕はさらに言葉を待った。何か文次をここまで追い詰めた原因は、もっと深い所にあるはずだ。



「もう、駄目なのかなぁ…」



譫言の様にそう言うと、百合の花がしゅんとなるように、肩をすぼめて軽く項垂れた。
いつもはキリリとしている彼女だからこそ、こうしていると酷く心配になる。



「…会ってないの?」



可愛そうに。
目元の隈も随分酷い。
そう聞くと彼女は、そっと溜め息をつくきながら頷いた。束ねたポニーテールが揺れる。



「どれくらい?」

「…三週間」

「えっ、」



意外…。同じ部活で、同じ帰路の二人がここまで会わないのは逆におかしい。よほどお互いに意識しないと無理にでも会うことになる。



「なるほど…どうりで」



食満の様子もおかしかった。

こないだ廊下ですれ違った時も、恐い顔をして、何か考え込んでいるようだった。挨拶しても返してくれずにそのまま肩が当たって、ようやくそこで気づいてくれたのだ。

気づいてくれたとは言っても、そのあとに「ああ、いたのか」と言われただけだったけれど。

痛かったなぁ…

無意識に肩を擦ると、文次が首を傾げてきたのであわてて本題に入る。




「ええと、何か会えない理由があるの?」

「…きっと、あいつもう俺の事嫌いになったんだ」



…?



そうは思えない。あの時の食満はどう見てもイラついていたからだ。文次に会えないでいるからではないのだろうか。



「どうしてそう思うの?」

「…前に、伊作が、食満がリードしてくれるから甘えろ、って言ってくれたろ。」



僕はこくりと頷いた。

文次は幾分食満に気を使いすぎているから、もっと楽にしたら良い、というアドバイスのつもりだった。



「それで…、甘えようとしたんだ。でも上手くいかなくて、悲しくなって…はやくどっか行け、って言った。」

「うん。」

「そしたら、本当に行っちゃってて…俺悲しくって泣いてたのに」



「…。」



何だろう、どこか食い違っている気がする。様は、僕のせいなんじゃないだろうか。



「それから…?」



「…それから、会ってない。俺も腹が立って意地になってはいたんだ。…でもここまで会わないと、もうさすがに気まずくて、今更あの時の事聞くとか怖いし…」



みるみる文次の顔が暗くなる



「どうしたら良いのか…」

「、文次!」



落ちる肩をガシッと支え、僕はなるべく強い口調で話した。

俯いていた顔がはっと上がり、目があった。

喧嘩の原因も、三週間気まずい思いをさせたのも、彼女を傷だらけにしたのも、きっと僕の一言のせいだ。

このままほっといては、罰当たりだし、いつか食満にも張り倒される。

気がする。



それは嫌だ!
僕のためにも、
二人のためにも!



「僕がなんとかするよ!」

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