間接キス

間接キス






叶わない願い。

あの柔らかそうな唇に触れられたら。

…いいのに。


俺の喧嘩相手でもあり、恋人相手でもある、その唇の持ち主、食満留三郎は、本人でも気付いていないであろう、ふとした癖があった。俺、潮江文次郎はそれに気づいていたのだが、度々奴に目を移す度に、その癖に目を奪われてた。

奴は、唇に物を当てる。

ただそれだけなのだが、整った彼の顔立ちは、どこか幼い面持ちがあった。ふっくらとしたその唇に、教科書や、筆記具、指、腕等を当てる姿は、子供のするような仕草だった。腹が減っているのか、唇が敏感なのか。理由は知らないが、今までで一番可愛かったのは、食満が地面に体育座りになった時に、膝に唇を置いていた時だった。

俺は食満のそのエロい仕草が好きだった。

ある部活帰り、何と無く俺は本人にその癖の事を言ってみた。

食満は少し驚いた顔をして、「俺、そんなことしてたか?」と、わざと自分の指を口に当て、確かめるようにして見せた。

それが又可愛くて、ふはは、と俺は笑って見せた。

急にも自分の癖を指摘されて不安そうにしてた食満だったが、俺の笑った顔を見て安心したようだった。

それから少し歩いて、食満は自販機のジュースを買って飲みながら歩いていた。
夏だしな

でも

食満が缶の口に唇を当てる度に、俺はそっちに目がいって困った。

柔らかくて暖かそうな食満の生きた唇が冷たく固い無機物に触れている、ということが、何だか当たり前なのに特別な事のような気がしたからだ。

呆けた様に食満を見ていると、飲んで天を仰ぐ途中の食満と目があった。

反射的にサッと顔を背ける。

下を俯く。

自分のセーラー服のスカートの向こうの、歩いている自分の足を交互に眺める。

すると、その光景の脇から、ジュースの缶が割り込んできた。

缶の口が近くて、びっくりして顔を上げると、食満が爽やかな顔して待っていた。

「飲みたいんだろ。ん。やるよ」

何でもないことみたいに(いや、実際何でもないことなのだが)食満が言うので、俺は本当に自分がそれを飲んでしまいそうで慌てて拒もうとした。

(だってこれじゃあ、間接キ…)

「なんだ、いらねえの?飲みたそうにこっち見てたじゃん」

受け取らない俺に、疑問を持ち始めた食満。不思議そうに首を傾げた。まずい、これじゃあ、さっきまで食満を見詰めてた理由もたたない。ていうか、間接キスとか考えてるのバレたら…俺キモい!!

俺は、いる、と缶を取り上げてジュースをごくごく飲んだ。

すると、ふ、と食満が鼻で笑った気がしたので、食満の方を目だけで見ると、案の定奴は満面の笑みで俺を眺めていた。
そして、こう言った。



「間接キスだな。」



酸味の効いたオレンジジュースが俺の喉を通り、胃袋を焼いた。

…はめられたのだ。
食満の癖は自作自演だった。
俺を惹き付けるための。
俺は、まんまとその演技に騙されていたのだった。

俺は頭が真っ白になると同時に、顔が真っ赤になってくのがわかった。

何でそんな凝った事を、
そう問いただす俺の唇に、

食満の唇が上から蓋をした。






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