鳥居輪廻回想情事上
新月
我に七難八苦を
与え給え
人降りしきる夜に
輪廻の意を教え給え
闇夜の月に照り返す鳥居が妖しげに逆光を帯びている。紅い入り口の奥、境内から人の影が二つ伸びていた。
「…何だ、止めるものだと思っていた。」
伸びた影が自嘲的に笑う。
もう一つの影は少し黙り、冷めたような面持ちで、「いや…」とただ一言。首を振るだけ。
―…食満が死にに行く。
名のある戦中の城からの依頼だ。戦は悪状況、任務内容は相手方の城へ忍び込む事。標的は当主の首、又城内の殲滅。負けることの決まった依頼方の城に残るのは、堂々と名誉のために滅びる性であった。
「…お前にしては十分な名誉だ」
低い声で友を讃える文次郎だが、俯いたままで表情が見えない。
それを伺いもせず、ああ、と食満は満足げに頷く。親にはもう、遺書を送った。部屋も既に片付いている。卒業した学園にも、連絡を入れた。学園にさえ連絡すれば、いずれ友の耳にも入り、供養の一つでも持ってくるだろう。
ーーーーーあとは、―
「……なぁ、文次郎。別れようじゃないか。解るだろ?死ぬ間際にお前を思うのは辛すぎる。お前もけじめをつけて、ここでちゃんと俺を忘れるんだ。俺を忘れて、いい嫁にでも巡り合っちまえ。」
粋に語尾を上げ囁く様に笑う。その言葉と共に文次郎の肩を小突くと、彼はよけもせずただ弱々しく後ろに数歩よろけただけだった。
「文次郎。」
お互いに空いた妙な距離に感付き、食満が文次郎を呼ぶ。今更行くなとでも言う気だろうか。怒っているのだろうか。泣いているのだろうか。黙って俯いた顔からは何も読み取れない。
「文次郎!」
俯いたままの顔を上げさせる為にもう一度呼ぶ。顔の見えない文次郎を見ていると、なぜか心がざわつくのだ。
食満の声に文次郎は顔を上げるるが、いつもと変わらない表情に食満は安堵の息を漏らす。そうと解ると、「…いいな?文次郎。」と、先刻言った別れについて確認する。
文次郎は食満の足元を見てから、食満の目に視線を合わせた。表情は変わらない。食満は文次郎が口を開くのを待っていた。
この言葉を聞くために、こんな夜更けに神社の境内へ誘い出し、別れを切り出したのだ。
「………。」
文次郎は何事も無かった様に切り出した。
「……俺も行く。」
―俺も城に向かう。食満が死ぬなら、俺も死のう。共に名誉の為にな。
「殿はまだ城内におられるか、一緒に来て俺を紹介しろ。」
「…ばっ、馬鹿な!」
いきり立つ文次郎に、驚愕のあまり直ぐに返事が出来ないでいた食満だが、暫くしてはっと我に帰る。そして、目の前の男が考えていることを必死に解釈しようとし始めた。
―俺も行くだと!?冗談じゃない。仲間から負い目を感じさせない為に隔離しようとしているのに、何を阿呆な事を言い出すんだ、この馬鹿は!遊びとでも思ってるんじゃなかろうか?
「お前はこんな役をする男じゃ無いだろうが!」
命を粗末にするな!、と食満が子供の相手をするように叱りつける。自分が言う事でも無いが。
もちろん文次郎は子供では無いので釈然としている。
食満が戸惑っているのを見て、素直な気持ちを述べる事を決心する。
「死ぬなら、共に」
寂しそうに笑い、文次郎は己の右手を差し出した。
つれていけ。とでも言っているかの様な手。食満は、暫く黙り、闇に溶ける恋人の手を見つめていた。
恋人を犠牲にしてまで、己の名誉を追う必要があるのだろうか。
いっそ、このまま、この手を引いて―
「食満。」
反応の無い恋人に文次郎は呼び掛ける。
「案内してくれ…」
懇願に答えるかの如く、食満はしっかりと文次郎の顔を見据える。良いんだな?と、お前は俺の為に死ぬんだぞ、と、問いかけるように。それに答えるように文次郎は黙って小さく頷く。
―やがて二人は人気の無い闇夜に、互いの手を取り消えていく
美しくも悲しい情事が今、幕を開ける。
[→中へ続きます]
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