甲落とし

下級生がはしゃぐ声が学園に響いている。
何と無くそれをぼんやり聞いていると、なんだか、水の底から声を聞いているような気がして。

「…眠いな」

誰も居なくなった教室の窓辺に肘を付いて外に咲く梅の花を見ていた文次郎は、日差しの中微睡んでいた。鵯が鳴き、雲が向こうへ流れていく。

言葉を耳にし、相方が相槌を打つ。

「寝れば良いだろう」

同じく居残って、用具委員所有の備品を琢磨していた食満が顔も上げずに答える。その様子を窓辺にかけた腕組の間から伺っていた文次郎は、一瞬呆れたような、又は寂しいような顔をしてからそのままうつ伏せる。

食満は文次朗が構って欲しい事を知っていて、いつも素っ気なく返していたのだった。特に悪気があるわけでもないのだが…

(どうにも、奴が困ったり、俺に対して怒ったり、悩んだりしている所を見るのが好きなのだ。全く、奴にしてみれば傍迷惑な趣味なんだろうな。)

食満は作業を止め、文次に目を向ける。文次郎は日溜まりの中うつ伏せたままだ。窓辺の為に崩れた体勢のまままだ外を呆と眺めているようにも見えた。

「…………文次郎。」

外に何がある、と聞こうとするが、返事がないので声には出さない。

寝たのか?

長らく胡座をかいていた足を解き、腰を上げる。食満は窓辺に近付いた。
文次郎は伏せたままだ。窓辺から外に垂れた前髪がそよ風に流れている。
顔を横にし、手の甲を枕に本当に寝ている様だった。ここまで近付いているのに反応が無かったからだ。

眠った文次郎の顔にいつもの老け込んだ面持ちの影は無かった。
無防備な寝顔で、逆に子供のように幼く見える。口が僅かに開いている。
「………。」
食満は窓辺に手を付き、文次に合わせ身を屈める。もとい、誘われるように文次郎に顔を近づけた。ーーーー寝ていては困った顔も見れないのを、解っていながら。
文次の髪が食満の頬に触れた。


「っ、ーーーーー!」
唇にふれようとした直前、文次郎が跳ねたように起きた。
耳を染め、なんだか申し訳ないような、参ったと言わんばかりの悩ましい顔を見せる。
起きていたのか。と問う前に、文次郎が早口に話す。
「だ、の、せっ、接吻は良かないだろう。誰か見ていたら、言い訳がきかん、…そっ、れにだな。」

続けて文次郎は目線を外に向ける。

「……………俺の、都合だが。まだ、早い………と、」

恥ずかしさの為か、ひねくれた下級生のように唇を尖らせ、ごにょごにょと弱気に呟いている。

食満はしっかりとその言葉を逃すこと無く耳を傾けていた。
そして、少し黙っている。

別にいつもみたいに、困らせたい訳じゃ無いんだな。これが。

食満は文次郎の片手をとった。日溜まりの中とはいえ、園の外では梅が咲く季節だけあって、指は冷たくなっている。
文次郎の顔は変わらず困っているままで、何をするのかと引き腰になっていた。
食満にはそれが可笑しくて、心の中でくすくす笑っていた。

文次郎が何かと考えていた途端、食満が身を屈めた。己の冷めきった甲に柔らかい物が触れる。

「………」

何をされたのか解らないでいる文次郎の唇に、その、甲を、当ててやる。

唇が甲に触れ、やっとのことその感触が何かとわかった。

「…………!?な、ななな」

された事を漸(ようや)く理解し、驚き固まる彼を見て、少しだけ食満が微笑みを溢す。






「………今はそれだけ、…」

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