臨美がいなくなってから、数年が経った。
あの日の後、散々周りに聞き訪ねて探してみたが見つからず、唯一人もしかしたらと思って聞いてみた新羅さえ、わからないとのことで。
折原臨美は、俺の前から消えてしまったのだ。

奴がいなくなった俺は、初めのうちこそ散々キレて暴れていたのだが、次第に落ち着いたのか絡まれてもキレることが少なくなった。大人になったということらしい。
そしてわかったこと、どうやら俺は臨美が好きだ。
あいつに無性に会いたくなったり昔のことを思い出して悲しくなったり、最後に見た臨美を急に抱きしめたくなったりするのだ。
今更それに気がついたって、もう、遅いのだけれど。
ごめん、臨美。

「静雄、ちょっと来てくれる?」
新羅にそう呼び出された俺は、話を聞いて息がとまった。
臨美の居場所が、わかったというのだ。
臨美が出産の際に世話になった医者というのが、新羅の知り合いらしい。臨美が消えた後、何度も聞いてみたが答えてもらえずに困っていたのだが、数年かけて問い詰めたおかげか、ようやく教えて貰えたとのこと。
「ちょっと遠い場所だけど、無理な距離でもない。」
行ってみる?
聞かれなくても、行くにきまっている。

雪が降っていた。剥き出しの頬に当たって溶けて、少しばかり濡れる。
新羅から言われたその地は東京から少し離れた場所で、静かな田舎町という表現があっていた。
この住所が合っているかはわからない、けれどもし会えたなら、まず謝りたい、今までしてきた酷いことを。そして、あとはもう殴られるでも泣かれるでもどうとでもなって、流れに任せてしまえたらいい。
「折原」という表札の家の門の前で立ちつくしていると、ふと、声が。
「静、ちゃん...」
声がした方を見てみると、そこには、臨美が。
一瞬、動けなくなった。
髪は前より伸びていて身長も少し伸びているようで、でもその顔も黒髪も赤い瞳も、何一つ変わっていない。昔なら見るだけではらわたが煮えくりかえる程いらついていたのに、今は逆にこいつを見るのを待っていたのだ。
さくさくと積もった雪を踏んで、そちらの方へと歩き出す。臨美は目を伏せていて、こちらを見なかった、そりゃそうだろう俺は今までたくさん酷いことをしてきたのだから。俺からしてみれば小さなその体は寒さからか恐怖からか何からかはわからないが震えていて、どうしようもなく、もう、
「臨美」
愛しい。
堪らなくなって、ぎゅうと抱きしめた。
俺の腕の中で震える奴がきっかけとなったのだろうか。抑えてきた気持ちの枷が外れて、あふれ出す。
「...好きだ、」
気がつけば、そう言っていた。
臨美の体がぴくり、と動いたかと思えば動かなくなっていて、力強かったかなと少し腕の力を緩める。
「...馬鹿野郎」
俺はここに謝りに来たのだが、次にでた言葉は完全に罵倒の言葉で。でもそれは、俺に対しての言葉でもあった。俺以上の馬鹿はいないだろうに。
「手前、勝手にいなくなってんじゃねえよ」
抱きしめた臨美がどうして、とでもいうように胸元にうずまった顔を動かす。
「すげえ、探した...」
探して探して探して、それでも見つからなくて。気がついて抱きしめたくて愛しくて、それでも見つからなくて。
やっと、見つけた。
「静ちゃん、」
久しぶりの臨美の声はうんとくぐもっていて、でもそれでももう好きだ。
「静ちゃん、静ちゃん、静ちゃん、」
臨美は子供のように肩を揺らして泣きながら、俺の名前を連呼する。
「なんで、なんで、来たの」
ただ会いたかっただけだと言っても、信じてもらえないかもしれない。それでもいい。
「...謝りに。あと、」
ここで一旦言葉を区切って、体を離した。それでも頬を掴んで逃げられない様にして、無理やりに視線を交わさせる。涙でぐしゃぐしゃの顔が視界を占めた。
「会いに来た」
眉を潜めて歯を食いしばって、それでも涙は止まらないのか臨美はぼろぼろと大泣きした。思えば、こうして泣きだす臨美を見るのは初めてかもしれない。
「最初は、全然見ていなかった、けど」
「妊娠したって聞いて、混乱して、捨てたみたいな真似しちまって」
「家かえって暫く考えて、気づかされて」
俺が呟くように話す間も、臨美は泣きながらでそれを聞いていて。それさえも愛しくて大事で、こいつをもう逃がしたくない離したくないなんて思ってしまった。少し恥ずかしい。
「いいの」
ひゃっくりあげながら臨美はそう聞いてきた。
「何が」
「私で、いいの」
臨美がそう聞くのは当たり前のことだった。俺の言動からで臨美は、俺が他のやつを好きだと思っている。実際、昔はそうだった、けれど今は、
「お前がいいんだよ、馬鹿」
その言葉で安心したかのように、ふにゃりと笑った臨美に無性にキスをしたくなった。
「静ちゃ、ん」
「...一緒にいてくれ」
臨美の赤い瞳が見開かれる。この言葉はたしかに俺でも恥ずかしい。言ってしまったものはしょうがないのだが。
「プロポーズ、みたい...」
「そうに決まってんだろ」
照れ隠しのように、再び抱きしめる。臨美は俺のコートを涙でぐしゃぐしゃにしながら、背中に手を回してきた。恐る恐るといったその感じが、愛らしい。
「、すき...」
俺もだよ馬鹿野郎。
一際強く抱きしめると、臨美もまた俺を強く抱きしめてきた。

今まで、ごめん。酷いことをたくさんしてきた。
こんな苦労でそれが赦してもらえるとは思えないけれど、でも今はこれが俺にできる精いっぱいの想いなのだ。

 好きだ。

肩につもっていた雪は、もう溶けていた。


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