「やあお嬢さん」響く低い声。振り向くと長い綺麗な髪をした男の人が立っていた。後ろのサングラスのおじさんがこちらを見てぺこりとお辞儀をした。 長髪の人は蔵見虎泰さん。鍛冶屋であるおじいちゃんの刀のファンらしいが、おじいちゃんはヤクザには売らないと一点張りで蔵見さんは「宗真さんの刀はコレクションとしても持ちたいんだけどね」と少し困ったように笑っていたのをよく覚えている。
「鉄ちゃんは居ません…し、居ても出てきません」 「…随分嫌われたものだな」
「仕方ない、じゃあこれはお嬢さんにお土産だ」そう眉を下げながらお菓子の紙袋を渡す彼はけして悪い人には見えない。この人は映画でよく見る怖いヤクザさんと同じはずなのだが、こんなに優しい人もいるんだと思うと不思議な感じがした。いくら鍛冶屋の孫とはいえ普通の中学生に優しくしてくれるのだから。
「ありがとうございます」 「いちご、好きかい?」 「はい!!鉄ちゃんもいちご好きです」 「そうか、じゃあ今度からいちごのやつをたくさん買ってこようかな。もちろん、美和ちゃんにね」
蔵見さんがわたしの頭をぽんと撫でた。にっこり笑うとそのまま「じゃあね」と振り向かないまま手を降って去っていった。その時綺麗な黒髪が風に揺れ、男の人の香りがした。鉄ちゃんともおじいちゃんとも違う香りだ。 蔵見虎泰には近づくなと鉄ちゃんに言われ続けた意味が今わかった気がする。わたしはいけない恋をした。高鳴る胸がわたしのその思いをより確信に近づけた。
20140128
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