「イオリン、おれもうだめかも」

 いつもはバカみたいに明るい緒方さんがカクテル片手に机に顔を埋める。「またステラちゃんに嫌われちゃったんですか?」と聞くと緒方さんはそのきらきらした金髪を軽く横に振った。じゃあ、きっとあの人のことだ。彼が落ち込むのはステラちゃんのことと彼のことだけだから。

「荻野さんに告白でもしました?」
「・・・・・・・・・・・・・」

 だいぶおくれてから聞こえる「ん」の吐息。まさかの図星か。てっきり一生告白なんかできないんじゃないだろうかとも思っていたが彼は俺が思っていたより遥かにバカで滑稽だったのだ。



 荻野さんは、緒方さんの同期の警察官で大きい体と恵まれた体格の、お堅そうな人だった。今目の前でぐすぐすしているこの人とはまるっきり正反対な凛とした表情。そんな妻子もちの彼にこの男は恋をしているらしい。しかも大学時代からだというのだから難儀なものだ。
 それを相談されたのは緒方さんがうちの店によく来るようになったころだった。酷く酔った緒方さんを介抱しようと抱きかかえたとき「荻、・・・好きだ」という寝言とともにキスをされた。幾度か角度を変えてのフレンチキスを経て、深いディープキスに変わる。意味がわからず目を丸くする俺に意識を取り戻した緒方さんは顔を真っ青にしながら俺への謝罪と、荻野さんへの思いを告白した。「大学時代からずっと好きだった。悪友として入れるだけでよかった。結婚したときは死のうかと思ったけど奥さんもいい人だし娘もかわいいし祝福した。今はたまに会えるだけで、すっごく幸せなんだ」そうだ。・・・・・まったく、不毛な恋である。

 そしてその日から緒方さんは荻野さんと何かがあるたびに俺の元にやってきて料理を食べながら荻野さんの話をつまみに酒を飲むようになった。俺はキスされ損であるが、赤い顔でにこにこと荻野さんの話をする緒方さんが憎めなかった。



 そんな彼がついに荻野さんに告白したという。見る限り答えはNOか、はたまた聞かずに逃げてきたか。どちらにせよ彼にとっては良い結果ではなかっただろう。俺ははあ、ため息をついた。【CLOSE】とかかれた看板を手にする。

「緒方さん、今日は貸切にしてあげますから」

「・・・・」

「たくさん飲んで、忘れてくださいよ。」

「・・・・・・忘れられないよ」

 緒方さんは泣き顔のままにへらと笑う。彼のそんな無理した笑顔は初めてだった。いつもの躍動はどこへやら萎れた花のように口元をゆがませる。「はつこい、だったんだ」そういう彼の唇は乾いていた。ひび割れた唇から血がにじむ。痛々しい笑顔だった。なんだか切なくてその頭を軽くなでる。

 

「緒方さん」

「イオリン、優しいね

俺、イオリンのこと好きになれたらよかったのに」


 「好きになれたら」とはつまり、荻野さんには勝てないってことか。

その言葉をきいて何故か俺まで泣きたくなった。そのまま撫でている右手でそっと緒方さんの頬をさすった。そしてその血が滲んだ唇をさする。

「なに、イオリン慰めてくれんの?」
「・・・・慰めてほしいんですか?」


 ぺろり、緒方さんは唇をさすっていた俺の指を舐めた。真っ赤な瞳のまま「忘れさせてよ」とそのまま俺の唇を奪った。これで2回目・・・緒方さんはずるい人だ。俺が断らないことをよくわかっているくせに。



 そしておれは確かに確信した。俺はこの人に、緒方さんに恋をしてしまっていたのだと。


20131106




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -