「ずっとほしいなって思ってた」

ギシ、安いソファーが軋む音がする。ピアス越しのキスは熱い唇とは対称的に舌をひんやりとさせた。はぁ、はぁ。羽鳥さんの甘い吐息とリップ音が聞こえる。


なんでこの男とこんなことになったのか思い出したくもないが酔った勢いと暇だったからとだけ言っておく。都合の良いタイミングでこの男が俺に「好きだ」と言ったから乗っただけ。ただの性欲処理と時間潰し。それだけだ。

ふと横目で時計をみると8時を回ったところ。夕飯は…ああ、圭は泊まりだったっけ。わかっていた事なのにいつもの癖で同居人の事を思い浮かべる。探偵事務所の人たちと一緒らしいからお腹を空かしている事はないだろうし、今頃俺が持たせたクッキーを助手の女の子みたいな男の子と食べてるんじゃないだろうか。


男とセックスしながら考える事ではないと思うがそんなことをぼんやり思いながらふと、この男はどんな顔で俺を抱いているんだろうと羽鳥さんの顔を覗く。


「…変な顔」
「だって庵くん心ここに在らずなんだもん」


かくれんぼで誰にも見付けられなかったような、デパートで迷子になった子供のような不安をいっぱい溜めた顔。そんな顔で俺を抱く男は初めてだった。


「きみは、誰を見てるの」


か細い声がする。俺をじっと見て反らさない羽鳥さんの瞳。俺は何故か動けなかった。そっと骨ばった指が俺の頬に触れた。俺が求めてるのはこの手じゃないことは俺が一番わかっている。


「ダメなんです」
「なにが」
「俺、大事なものはずっと大切にしまっておくタイプなんで」

「…遠回しに俺は大切じゃないって言ったね?」


羽鳥さんはいつものにっこり顔に戻るとちゅっと音を立て唇にキスをした。そのまま俺の上に馬乗りになりばっと上着を脱ぐ。


「きみの一番になりたいな」
「それは無理ですよ」
「けちんぼ」
「けちじゃないですよ」

「庵くん。俺のこと利用して良いよ?俺、お金持ちだし、セックス上手いし、何なら俺が下でもいいよ」


そういって羽鳥さんは俺の胸に唇を這わせた。びくり、熱さと無機質な冷たさに身体がはねる。

利用も何も最初からそのつもりだったんだが。そうだ、そうしてこのままめちゃくちゃにしてくれないかな、あの子のこと、考える暇もないくらいに。


「口のピアス、取ってくれたら」
「一番にしてくれる?」

「二番なら考えてあげても良いですよ」



「…庵くん悪い男だねえ」


そりゃどうも。笑いながら目を閉じる。一番なんて譲れる訳がないと誰よりもわかってるくせに、俺がこのキスを拒む訳がないことをわかってるくせに、知らん顔で笑うこの男はずるい。お互い様ですからね、そう言ってピアスのなくなった彼のそれに自分の唇を重ねた。


20131103



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